クリエイティブ・ライティング

超短篇小説「切り刻んだ川」

投稿日:2022年9月3日 更新日:

Study and Actual Work of Creative Writing

クリエイティブ ライティングの探求と実作

先日、久しぶりに小説を書こうとしたのですが、「ストーリーを考えてもつまんないな〜要はイメージと文体だよな〜」と思っちゃったので、「クリエイティブ・ライティング」というものを勝手に研究し、同時進行で実作をしていきました。

その結果として、12篇の短い小説が誕生しました。

各篇に通奏低音のように流れるのが、横浜の南東部を流域とする大岡川という川の存在で、この川が思念したり語ったりすることから、大岡川を主人公に据えた掌篇集とも言えます。

12篇のうちの1篇をここに掲載します。ご高覧を賜りますなら幸いです。

切り刻んだ川

おまえは水だ。動いている。切り刻んでやろう。よそで何か見繕って貼り合わせてやる。カットアップ。リミックス。つぎはぎ。なぜって飽きるから。おまえは神奈川県横浜市を流域とする二級河川である。なぜって単調なものは退屈だから。おまえの河口、そして合流する先は東京湾である。ねえ知ってるかしら、川っていうのは龍の親戚なのよ。天から雨が落ちると川は水嵩を増し、きゅうきゅうと啼き声をたてて海に向かってくねっていくの。おまえは乳に苔を溶かし込んだような薄緑色をしている。流れのなかに何かが浮かんで、消える。水面の泡は、風による水面の攪乱、つまり波や潮流や滝壺などの激しい水流によって生じる。いや違う。おまえではなく、おまえの横を歩くわたしの頭のなかに何かが浮かび、消えていく。また別のものが浮かんでは消える。どうやら四百年近く過ぎたらしい。カットアップ。リミックス。ポリフォニー。江戸時代、吉田新田の干拓事業によって埋め立てられるまで、おまえは大岡湾あるいは蒔田湾と呼ばれていた。液体中に生じた気泡は密度が小さく、上昇して水面に姿を現すとあぶくとなる。ええそうです、釣鐘形の入り江でした。今はもう誰も、おまえをどうにかしようとしていない。ここからどかそうという気もないだろう。カットアップとは、複数のテキストをランダムに切り刻んで貼り合わせ、新しいテキストに作り直す創作スタイルのこと。流域とする二級河川をおまえは横浜市を神奈川県である。合流する先はおまえの東京湾でそして、河口、ある。混ざりあう散文。異種混交。大岡川は氷取沢市民の森に源を発し、偶然性の文学技法、直線的な語り口を解体する試み、上流域の名称を笹下川として北へ流れています。そして日野川と合わさり、名を笹下川から大岡川へと変えます。シェイク、シェイク、シャッフル。切り刻み、混ぜ合わせているので、解読はいささか困難。困難だが、おまえは横浜市南区を北東に流れ、中区桜木町と本町の境界あたりから横浜港へと注ぐ泡(あわ、あぶく、英: foam、bubble)または泡沫(ほうまつ、うたかた)とは、液体もしくは固体がその中に空気などの気体を含んで丸くなったもので、丸くなった室町時代に鎌倉の鶴岡八幡宮が焼失する事件が起きました。すぐに割れてなくなるさまから、一時的なブームやバブル経済といった「はかなく消えるもの」の比喩に用いられますが、鶴岡八幡宮の再建事業では、笹下川から蒔田湾へと至る水運を利用し、さらには海運をもって木材を輸送したのだった。これは大岡川が語る、何か思念のようなものの錯綜、ということですね。その名残であろうか、おまえの頭上には今も材木問屋が何軒か並んでいる。ええ、そのとおりです、黄昏のなかの長い散歩です。黄昏のなかのでたらめで解読不能な言葉は即興的かつ斬新な創意によって変えていく。ほお、川の流れは龍なのですか。雨降りの日は、町のあちこちにひそんでいる龍が姿をあらわすということですか。カットアップの先例は一九二〇年代ダダイスムの集まりで生まれたとのこと。とのことで長い散歩、川に龍が棲みついているというのなら、たまにお姿を拝ませてもらおうじゃないか。凶事が起こりそうで気味が悪い。横浜開港の後、堀川と堀割川が運河として造られた。否ノンノン、龍神さまが姿をあらわすのはむしろ吉兆、いいことありそうじゃないか。その堀割川と、中村川、日野川、そして大岡川分水路はおまえの支流分流だ。本流のおまえと中村川の間の河川は明治から昭和にかけて埋め立てられ、跡地は首都高速道路となり、また大通り公園となった。毎年八月には戦没者を悼む灯籠流しが行なわれています。個体の消滅は、それを取り巻く他者にとけこみ、ひいては世界そのものへと姿を変えることである。個に宿るすべての記憶をさかのぼると、一切が発生する以前の混沌へと行き着く。そこにはすべてが内包されており、同時に何も存在しない。「無」は「すべて」と等しく、「死後」は「未生」と同義である。流域に桜並木が並んでいます。土地名産のスカーフは、昔はこの川で染められていました。カットアップ。リミックス。かつては桜並木ではなく、広大な梅林がいくつもあった。氾濫の心配はないのでしょうか。上流部から東京湾に直接放流する分水路が建設されたのは、一九八一年のこと。予想通り、勧告通り、思った通り、そんな名前のストリートがあったら愉快だね。つぎはぎ。…がけしかける黄昏のなかの長い散歩。…のなかの異種混交。…を指し示すつぎはぎ。…が呼び起こす地図。しかし地図に記されているのは、日本大通、海岸通、山下公園通、馬車道など。まあ悪くはないか。大岡川に架かる橋の数四十一。上流から青木橋、久保橋、大久保橋、そして京急本線の橋が上大岡駅付近にあります。最戸橋の下には鎌倉街道、そして地下には横浜市営地下鉄ブルーラインが走っています。越戸橋、向田橋、中里橋、与七橋の下にも鎌倉街道と横浜市営地下鉄ブルーライン。アラやだ社長、知らないのね、ロンドンの金持ち連中は夜な夜なテムズ川を遊覧しながら、洒落た宴会をしてノリまくってるのよ、ときた。花見橋、観音橋、そして、さくら橋に隣接して音橋、弘岡橋、大井橋、鶴巻橋、蒔田橋、井土ヶ谷橋。その先の清水橋の下を、おまえの支流分流である中村川が東へ流れていますか。首都高速狩場線は中村川の上に設けられましたね。だから川の天井はコンクリ道路で塞がれています。見る影もない。山王橋、一本橋、道慶橋、白金橋、栄橋、それから太田橋は横浜市主要地方道八一号藤棚伊勢佐木線の一部です。末吉橋、黄金橋、旭橋。さらに隣の長者橋は横浜駅根岸道路の一部なんですね。ああ、とうとう宮川橋、都橋まで辿り着いた。ここいら一帯は馴染みの飲み屋街。続く桜川橋は桜川新道の一部で、地下に首都高速横羽線、付近に横浜市営地下鉄ブルーライン。それから根岸線橋ときて、次なる大江橋は国道十六号で、住吉橋を越えて弁天橋は国道一三三号でもあり通称本町通り。さくらみらい橋は桜木町駅と横浜市役所を結ぶ人道橋。北仲橋は栄本町線の一部で、通称みなとみらい大通り。ここらでちょいと顔を知られた金まわりのいい人だけを相手に会員制の高級クラブを繁盛させてみせるから船を一隻買えって、女に迫られちゃって迫られちゃって。汽車道も橋のひとつに数えられ、その地下にあるのはみなとみらい線。国際橋は国際大通り、女神橋はパシフィコ横浜付近と新港地区とを結ぶ人道橋。数多くの橋に並行して、京浜急行電鉄京急本線が運行しています。ああ南太田黄金町日ノ出町なのだなあ。混じり合う交通。そして、売春宿である。戦後は、米国進駐軍により接収対象の地域となった。近年は、流域の環境浄化と地域活性化を目的に、親水施設「川の駅 大岡川 桜桟橋」が設置されました。動力船専用の浮桟橋「横浜 日ノ出桟橋」も完成し、Eボートやプレジャーボートによる河川利用の活動が始動。DJたちは曲を混ぜ合わせて新しい曲を作るんだってね。サンプリング、ミックス、リミックス。曖昧で面白いブレイクビーツやヴォーカルなどの断片を集めるために、膨大な時間をかけて音楽を「ディギング」する。つまり、漁るってことですね。あさる。すなどる。シェイク、シェイク、シャッフル。アメリカ軍兵士の娯楽施設である売春宿が川沿いに軒を連ねた。口紅などをつけて日本のファッションリーダーのような存在となった。パンパンガールと呼ばれる女性のなかには当時としては珍しく英語が達者な者も多かったようです。ミックスアップ、マッシュアップ。混じれば混じるほど、生きる力が底上げされる。つぎはぎ。…がはじまった黄昏のなかの長い散歩。黄昏の異種混交。…でほころびてつぎはぎ。…を知らしめる地図のポリポリズムズムリズリズ。ポリリポリリ。ズムリッポッズムリッポッ。ポーリーリーズームー。ポリ、ポリ、ポリフォニー。その後、売春防止法の施行に伴い摘発された。摘発、摘発。それでもなお生き延びてはびこるのが、雑草のすごいところ。つぎはぎ。…だらけの黄昏。…のなかの長い散歩。…が見せつけるボーダーレス地理。…と異種混交。そんな移り変わりを、おまえはすべて見ていただろう。イラン、タイ、フィリピン、南米からも一家総出の出稼ぎ組がやってきた。韓国、台湾、中国、ロシアから来てホステスやってる女もよく見かけた。だけど、これでようやくヨコハマもコスモポリスの仲間入りか、なんて甘い考えは持たないほうがいいぜ。どうせ束の間のことなんだよ。それを承知のうえで雑種文化を楽しめば? 純血種よりも雑種のほうが強いって言いますからね。おまえの水底から生活の匂いが立ちのぼる。おまえは古めかしい。おまえはわびしい。薄暗い。うすら寒い。晴れた日には下町のぬくもりが感じられ、雨の日には人の悲しみが漂う。おまえは揺蕩い、浮沈に耽っている。それはわたしも同じだ。ここは現実よりも虚構を好むロマンティストの街。ここに暮らすと映画の中にいるような心持ちになる。豪奢にも貧乏にも洒落た味わいがある。だからいっそ人生浮沈のおののきに耽ってやろうという気にもなる。

作者による解題

作者にとって、自宅付近にある大岡川沿いの道は、格好のウォーキングコースです。川の流れを感じながら歩いていると、時折ふとひらめくものがあり、そうした些末なアイデアを元に一篇書けることもあります。

あるとき何の脈絡もなく、「おまえは水だ。動いている」というフレーズが頭に浮かびました。一瞬で消える泡のような思いつきでした。「動いている」に続けて思ったのが「切り刻んでやろう」、そして「よそで何か見繕って貼り合わせてやる」です。

切り刻み、貼り合わせるなら、それは遠くダダやシュルレアリスムの時代から伝わる「カットアップ」という文学技法です。無作為に文を切り刻み、無作為につなぎ合わせることで、思いもよらぬ斬新なテキストを現出させるのです。

昨今は音楽家たちがよくカットアップやリミックスの技法を用いると聞きますが、その場合は「無作為に」ではなく、効果のほどを計算して「作為的に」操作しているでしょう。

複数の曲を混ぜ合わせて新しい曲をつくるので、聴き覚えのある人には「あ、あの曲のあのフレーズはこんなふうに聴こえることもあるのか」と意外性に満ちた感興があります。

作り手がさらに遊び心を発揮し、「細切れとはいえメロディが同じだから、リズムをくずして、ヨレヨレのブロークンリズムにすると面白いんじゃない? 関節がはずれたような脱臼リズムもいいよ。間延びしてぶらんぶらん。かと思うといきなり、つんのめる。そんなジェットコースター感覚を楽しもうよ」といった展開になることもあるようです。

よし、その技法を試してみよう。ということで書き進んでいったのが「切り刻んだ川」という掌篇です。

なお、作者が作中で試みた「脱臼」は、「つぎはぎ。…がけしかける黄昏のなかの長い散歩。…のなかの異種混交。…を指し示すつぎはぎ。…が呼び起こす地図」という文章その他に見られる、不規則ゆえに足を踏みはずし、危うくつんのめりそうになる律動です。

関連記事→超短篇小説「十歳のペドフィリア」

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