クリエイティブ・ライティング

超短篇小説「夜明けのファルセット」

投稿日:2022年9月15日 更新日:

Study and Actual Work of Creative Writing

クリエイティブ ライティングの探求と実作

先日、久しぶりに小説を書こうとしたのですが、「ストーリーを考えてもつまんないな〜要はイメージと文体だよな〜」と思っちゃったので、「クリエイティブ・ライティング」というものを勝手に研究し、同時進行で実作をしていきました。

その結果として、12篇の短い小説が誕生しました。

各篇に通奏低音のように流れるのが、横浜の南東部を流域とする大岡川という川の存在で、この川が思念したり語ったりすることから、大岡川を主人公に据えた掌篇集とも言えます。

12篇のうちの1篇をここに掲載します。ご高覧を賜りますなら幸いです。

夜明けのファルセット

冬の京町家を宿にして、すきま風と重たい蒲団。パリなら底冷えのする石畳と古めかしい石造りのホテル。いずれも寒々しくわびしい旅になりそうで、心惹かれる。京都へ向かうなら、せっかくだから年越しも初詣もしたい。ならば十月の終わりに飛ぶのはパリ、と心は決まった。

夕方に成田を発つ便に乗って十三時間後、シャルル・ド・ゴール空港に着いたのがやはり夕暮れ刻だった。空はまだいくらか明るかったが、街までタクシーを走らせるあいだに日は落ちた。視界にあるのは、淡い象牙色の七階建てと街燈の黄みがかった灯り。暗く寒く長い夜がはじまっていた。

セーヌ川左岸のレンヌ通りというところのプチホテルに十日連泊の予約をしてあった。このあたりだ、と運転手が言うので、車を降りた。靴屋が何軒もあるが、ホテルらしきものは見当たらない。居並ぶブティックや薬屋やカフェや映画館が色とりどりに電飾をしつらえている。赤黄緑の光が降り注ぐのを横目に、スーツケースを引きずっていった。

前から来た老婦人にフランス語で話しかけられた。ホテルが見つからないのかしら、と言っているらしい。住所を記したメモを見せると、通りのこっち側に奇数の番地、あっち側に偶数番地が並び、建物外壁に番号札が打ってあるので探しやすいと教えてくれた。これもフランス語だったが、なんとなく察することができた。

いま来た道をだいぶ戻って、ホテルに着いた。どこにでもあるような現代風の造りなので、少なからずがっかりした。これがパリの素顔なのだろう、と思うことにした。日本を出る前の晩は一睡もせず、機内で小刻みに仮眠をとっただけなので、部屋に入ってすぐに寝た。食事は明日の朝、近辺を歩き回ってからでいい。

はっと目覚めて時計を見ると、六時だった。たぶん朝だろう。十二時間ちかく眠っていた。窓の外は依然として夜。冬場は八時を過ぎてようやく朝らしい朝になると、何かの記事で読んだ。

ホテル館内に人が起きて動いている気配はない。フロントにも誰もいなかった。部屋の鍵を持ったまま、レンヌ通りへ踏み出した。

ホテルを出て右に進めばサンジェルマン・デ・プレ地区、さらに先へ先へと進めばモンマルトルに行き着く。

ホテルから左方向に行けば、すぐにモンパルナスだ。一九二〇年代、南のモンパルナスは北のモンマルトルと双璧をなす賑わいの地、貧しい移民の画家や作家の溜まり場だった。

このモンパルナスからサンジェルマン・デ・プレを経てモンマルトルまでをひとつながりに結ぶ一本の道筋には、エコール・ド・パリの時代から今日まで、貧しくとも破格の才を隠し持つ者を惹きつけてやまない何かがある。エッフェル塔やシャンゼリゼ通りが街の表の貌で動脈だとするなら、こちらは陰にひっそり息づく裏の貌、詩人の血が流れる大静脈。世界中に散らばる奇想、妄想、狂気の類いをパリ中心部に集める大静脈だ。そう思いたくて、レンヌ通りを選んだのだった。

しかしパリはそう簡単には夢を見させてくれなかった。

パリに暮らしているなら男も女もつーかパリジャンなら学生でも勤め人でも遊び人だろうが隠居生活している年寄りだって関係なくそれなりにおしゃれで個性的でどーでもいーおしゃべりするときなんかも気の利いたこと言ってんじゃね?と思ったのが大きな間違いって感じ?パリジャンパリジェンヌだっつってもフツーの人でぜんぜん素敵じゃないってことがあるんだよね悲しいことに。

その話するよ、いい?

朝六時起きてホテルの周りぶらぶらしてたら夜通し飲んで騒いで疲れちゃったからそろそろ帰って寝るかっつー感じの若いやつら四、五人フランス語でわあわあ騒ぎながら肩組んじゃってもつれあっちゃってるのに出くわしたんだよね。

なかに女が一人いてこっち見てボンジュールって声かけてきたワケ。白人で金髪でどっちかつーと頭悪そうで不細工で俗っぽい感じの人だったワケ。ブスっていうほどじゃないけど美人じゃなかったし魅力があるとは言えないタイプだったからなによダサい女って思ってムカつくから無視しちゃったけど観光客のくせにツンとすましやがってとか何怒ってんだとか見えたかもしんないけど女と肩を組んでた男が俺たち何かまずいことしちゃったかなーって心配そうにこっちの顔色窺ってんだけどそーゆーのってパリジャンらしくないよ。

ほんの一瞬すれ違っただけどうせ行きずりだからっつーことで気にしないでずんずん歩いてったらなにが陰にひっそり息づく裏の貌だよどこが詩人の血が流れる大静脈だよって感じがしてきちゃってわざわざパリまで来たのにもーどーでもよくなっちゃったってハナシなワケよ。

もしかしてこれが京都だったとしたらやっぱしなんか幻滅って感じがしたと思わない?だって町家とか路地とかにフツーの酔っ払いって似合わないっしょつーか飲んだくれがいてもいいけど何かとんでもないこと考えてそうな人じゃないとやだなーつまんないなーって思うよね。

香港でも、似たようなことがあった。

たしか皇后大道ってとこで「Queen’s Road」っつう英語名も道路標識に書かれててクイーンなら覚えやすいから覚えてたんだねたぶん。

そんときもやっぱり朝早くてホテルの近所ぶらぶらしてたんだけど夜通し飲んで騒いで疲れちゃったからそろそろ帰って寝るかって感じの若いやつら四、五人男も女もいたけど広東語かな?わあわあ騒いで肩組んでもつれあって歩いてたのはパリで見たのと同んなじそっくりだよどこにでもいるんだねーそーゆーのがそんときは別にだせえとか思わなかったし香港の遊び人かっこいいじゃんぐらいの感じだったし香港で見てみたいものつったら屋台とか夜店とか雑で気楽で刹那的な感じのもんだから朝帰りの若い人が雑に騒いでるのも香港らしくていいし微笑ましいかなって余裕で思えたのかも。

都市を彷徨しながら裏の貌を覗き見するのは愉快。愉快なので思っていたのと違ってがっかりすることがあっても結局は愉しい。そんなわけで地元横浜を歩くときは意識的に、確信犯の自覚をもって、覗き見だろうと盗み聞きだろうと何だってやります。

やりがいがあるのは、川に沿って歩き、気になる小路や裏道があればすかさず分け入って探索すること。すると思いもよらぬ掘り出し物に遭遇することがあるのです。

ある夏の日の明け方、川からひとつ道を隔てたところに拡がる飲み屋街へ足をのばしてみました。営業を終えて灯を落としたネオン看板のレタリング文字を一つひとつ丁寧に見て回っているうちに、あたりはすっかり明るみ、しかしまだ五時前なので人通りはありません。

そこで突然、男の奇声を聞いたのです。別の男が甲高い声をあげ、それとはまた違う男のものらしき、けたたましい笑い声も聞こえました。少なくとも三人はいるようです。姿を探し、声のするほうへ駆けだしました。

驚いたことに、大学生といわれても信じられないほど幼く見える男の子が五人もいて、みな細長い身体にサーカス団員のような奇抜な衣裳をまとい、路上で鬼ごっこをしているのでした。ピエロのメイクをしている子、オーストリッチの羽根飾りを首に巻いている子もいました。

どの子も遊びに夢中になっています。そして足が速い。速い速い。追いつ追われつしながら、きゃあきゃあ叫び、口々に何か言い合っています。うまく聞き取れなかったのですが、どうやらハングルのようです。韓国から来た若者でしょう。このあたりのホストクラブ、あるいはゲイバーで働いているのでしょうか。

しかし彼らは正体不明のまま、無人の通りを駆け抜けていきました。男の裏声がたなびいて尾を引き、黄色い余韻が残りました。

やってくれるじゃん、よく来てくれた、ブラボー! そんな夢のような出来事もたまにあるのです。

作者による解題

十九世紀中葉のパリに生きた詩人シャルル・ボードレールの書くものは、あなたの好みに合うでしょうか。

本書作者は高校時代から、『巴里の憂鬱』に収められた「老婆の絶望」「けしからぬ硝子屋」などの散文詩を特に好んで愛読してきました。

近代化が進む大都会の片隅に取り残された貧しい人、孤独な人、年とった人、寄る辺のない異邦人などに、詩人は我が身を重ね合わせて思いを馳せたのでしょう。彼らが身を置く、寂れて頽廃的な日常をスナップショットのように採取し、ほんの一瞬垣間見ただけにしては妙に生々しい筆致で描きだす術は、見る側が見られる側に浸透して同化するかのようで、読む者をうっとりさせ、妖しく酔わせる力を持っています。

作者もこれをやってみたいと思いました。見てハッとし、ぐっときた場面の記憶を頭の中から引きずり出し、そこへと溶け込むような気持ちで言葉にしてみたのです。

出来不出来はともかくとして、作者には予想外の発見がありました。過去から引きずり出した断続的な記憶の、その切れたり続いたりするさまを忠実に語ろうとすると、途中で急に文の調子が変わり、音楽で言うところの「転調効果」のようなものがあらわれたのです。

一曲に何度も転調があると、キー(調)が定まらないため、ふわふわと空中浮遊をしているような感じの曲になるそうです。

作者の場合も、度重なる文の転調により、あてもなく街を逍遙する雰囲気が出せたかもしれません。(そうでもないか)

関連記事→超短篇小説「法螺吹き女王」

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