Study and Actual Work of Creative Writing
クリエイティブ ライティングの探求と実作
先日、久しぶりに小説を書こうとしたのですが、「ストーリーを考えてもつまんないな〜要はイメージと文体だよな〜」と思っちゃったので、「クリエイティブ・ライティング」というものを勝手に研究し、同時進行で実作をしていきました。
その結果として、12篇の短い小説が誕生しました。
各篇に通奏低音のように流れるのが、横浜の南東部を流域とする大岡川という川の存在で、この川が思念したり語ったりすることから、大岡川を主人公に据えた掌篇集とも言えます。 12篇のうちの1篇をここに掲載します。ご高覧を賜りますなら幸いです。

東の海に沈む夕陽
高台に別荘を持つ友人が、庭にバーベキュー炉をこしらえたから今度の土曜は遊びに来い、手ぶらでいい、と電話をかけてきた。
「庭ってどっちの? どーんと海を見下ろす前庭のほう? 裏山に続く広いほう?」と、少しおだてた。
「両方造った。けど、夏だから海のほう」
「Kも一緒でいいかな」
「Kさんかあ。まだつきあってるの、すごいね。いいよ連れといでよ」
「ほかに誰?」
「いつものメンバー。あと、うちの奥さんと息子も」
ということは男が五、女が四の、総勢九名か。そのうち七人は高校の同窓生で、Kだけが一つ先輩だった。学年が違うので、みんなはKと行動を共にする機会などほとんどなかったが、お互い旧知の仲ではある。こちらはKと出会ったときから恋仲で、あきらめが悪いせいで今も続いている。Kはほかの女と結婚し、こちらもKではない男と住んだりしたが、どうしてもアンフォゲッタブルなのだった。
Kは映画の業界で仕事をしてきた。だから言うわけじゃないが、お招きにあずかった土曜は朝からピーカンだった。カンカン照りのもと、ホスト役の友人が汗だくで火をおこしていた。奥さんは肉と野菜の準備をし、息子は親のそばでウロウロしていた。
ゲストは炉から離れて木陰のテーブルに陣取り、缶ビールを飲みながら、牛、鶏、タマネギ、ピーマン、ニンジン、トウモロコシと、焼きたての熱々を味わった。〆めは焼きそばで、このときはごく自然に全員参加となった。豚肉やキャベツを投入する人、炒める人、麺の袋を開ける人、麺をほぐす人、塩胡椒を振りかける人、粉ソースの人、盛り付ける人、と誰の指図がなくとも役割分担をして動いた。
みんなにKを会わせるのは四十年ぶりだったので舞い上がってしまい、飲みどおし、しゃべりどおしだった。Kは快く迎え入れられ、みんなよく笑ってくれた。
夕方、宴の後片付けを手伝って家の中に入ると、急に酔いが回った。これから二次会がはじまるというのに、大丈夫だろうか。いつものメンバーが、いつもの席で、ワインを飲み出した。Kは持参した日本酒を飲んでいる。BBQのときから数えると、すでに七合。底なしだ。
リビングルームの大きな窓から、紺鼠色の海が鈍く輝いているのが見える。「ここはロケーション最高にいい」とKは言った。それから、「おまえら、なんでこんなに仲いいの? うらやましいよ。俺なんか」と、しきりにこぼす。だから「いいじゃん、あんたにはヴィンテージラヴがあるんだから」と応えておいた。
「俺が来て、邪魔じゃなかったかな?」
「いいんだよ、これで。みんなあんたに興味津々だった」
「誰かがおまえに言ってたな、男をとっかえひっかえして、結局はこれかよって」とKは笑った。
そのとき──。海の果ての水平線に、かすかに火焔の気配があることに気がついた。太陽だった。見えるのは上部のわずかな部分だけで、それが鎌の刃のような形となって見え隠れしているのだった。刃が内側から焼けるさまが、鍛冶の仕事を思わせた。今、鎌の刃は刻々と削られて薄くなり、焼き色も衰退していく。こんなことを言っている間に、すべて消えてしまいそうだ。
「K君、見て見て、夕陽が沈む!」声をあげた。
「夕陽は沈むよ、昇らないよ」Kは見もせずに答えた。
そんなことはわかっている。日没が見られるのは裏山の方角のはずなのに、これはいったいどういうことだ、おかしいじゃないか、と言いたいのだ。
だけどKもみんなも飲むのに忙しそうで、話にのってこない。家の主もさんざん働いて疲れが出たのか、今はそれどころじゃないようだ。
次の日、友人にお礼のメールを入れたついでに夕陽の件を蒸し返してみた。
「俺にもわからない。夕方お月様が昇ってきたんじゃない? 季節によっては、お月様が赤く大きく夕陽に見えないこともない」というのが友人の説。
「いや、月じゃなかった。それに、昇るのではなく沈んでいったんだよ」
「そんなことがあり得るかぁ?」
「でもほんとに、ほんとに見たんだよ。頭おかしいのか?」
「俺もそうだけど、年をとると勘違いとか思い違いとかが増えて、真面目に考えると、それこそ頭がおかしくなっちゃうよ。だから、何を見たにしても、この先の人生に影響なさそうなら深く考えないことにしよう」
そう言われても、不思議でしょうがない。酔っていたとはいえ、ああも在り在りと幻覚など見られるもんじゃないだろう。酒だけなのだ。薬物は一切やっていない。
こういうことは前にもあった。あれは高校を卒業して間もない頃だったと記憶しているが、ユリ・ゲラーが来日し、テレビを通じて念力を送って視聴者にスプーン曲げや時計動かしをさせるというパフォーマンスをした。番組を観ていた友人のひとりは「止まったままの古い置き時計をつかんで、動け、動けと念じたら、ほんとに秒針が動いた!びっくりだよお!すぐにまた止まっちゃったけど」と言っていた。うちの母も、「ためしにやってみたらスプーンがグニャッと曲がった」と言い、食器棚の引出しにとってあった証拠物件を取り出して見せた。
近年、ふとそれを思い出して母に話したところ、知らない、覚えがないと否定するではないか。
「うッそォ!やだ、やだー! あのときお母さん言ってたじゃん。指で擦っていたらなんだかスプーンの柄のところがあったかくなって、そのうち熱くなって、グニャッとなったって」
「そんなばかなこと、あるわけないでしょ」
「だけどお母さんはっきりそう言ったんだよ。はっきり覚えてるもん」
「ずいぶん昔の話だし」
「証拠のスプーンとってあったでしょ。あれどこにやった?」
「ないよ、そんなもの。元々ないんだから」
「あったよ。たしかにあった。もう絶対に使えないくらい、スプーン折れ曲がってた。この目で見た」
「おまえ、夢でも見たんだろ。強烈な夢」
それからしばらくして、また同じようなことが起きた。父と母、そして七つ年下の弟と、久しぶりに家族そろって外で天麩羅を食べることにした。遠い昔の思い出話が出る。弟は学校から帰ってくると毎日自転車に乗っていた。あの頃から車が大好きだった。そうだった、そうだったと父が言う。そんな弟に漕がせて二人乗りをし、普段あまり近寄らない林のほうへ行ってみたことがある。へえ、そんなことがあったの、と母。実の生る木がいろいろあったので、食べられそうなのを摘み、その場で口に入れた。紫色をした小粒で、甘酸っぱくて、おいしかった。舌が紫に染まるほどむさぼった。という話をしたら弟が、自分は行っていない、まったく覚えがないと言い張るではないか。当時はまだ子供だったし、四十年も前だから忘れてしまったのかもしれないが、お姉ちゃんと二人乗りをしたことなんか一度もないとまで言われたのはショックだった。夢を見ていたというのか。現実だと思い込むほど強烈な夢を?
何を見たにしても、この先の人生に影響なさそうなら深く考えないことにしようと友人に諭されたが、果たしてそれでいいのか。
世界。…が変調。…をきたす、この違和感。…には何かを見落としたせいで、あるいは忘れてしまったせいで勘違い。…思い違い。…をしたのではないかとの疑念。…が生じて自信喪失。挙げ句。…に自己不信。…を引き起こす負の力。…がありそうなので、違和感。…などなかったことにして、まずは自分。…も人間。…だから万能。…ではなく注意力。…に欠けることがあっても無理。…はないと認めて事態。…の悪化。…を防ぎ、危険回避。…せよとする知恵。があってももちろんいいが、そんな楽観的。というよりもむしろ逃避的。…な気構え。…ができずに、見落とし。…をしたのは誰。…なんだよ、忘れたのは誰。…なんだよと責任。…の所在。…を追及。…しつづけている。はやい話が人のせいにしている。
Kと電車に乗った。京浜急行電鉄京急本線。ふたり無言のまま揺られているうちに、大岡川沿いの馴染みの区間に近づいた。
「次で降りるよ」と促した。Kはとぼけて、外の景色を見ている。
「東京に帰るの?」
「帰らないよ」
「じゃ、うちに来なさい。ホテルを泊まり歩くご身分じゃないんだから」
コンビニに立ち寄り、明日の朝食を買った。のぼりの坂道は心臓が苦しい。途中で何度も足を止めて休んだ。
一日留守にしていた部屋は熱が籠もっている。エアコンを強にセットし、Kを誘って浴室へ。シャワーの下で、「今はそれほど酔ってない。たまには素面でちゃんとしたい」とKが言い、時間をかけてキスをした。とろけた。
風呂から出ると、やっぱり暑い。汗ばむ肌を擦れば、白いカスがいくらでも出る。冷蔵庫から出したバターのような身体になっている。蒸す。部屋は狭い。ベッドも小さい。それでもふたり並んで寝ている。歓心をかいたくて、「あんたがさっき言ってた仕事、うまくいきそう」と、根拠もないのに言った。それから、さっきのキスのこと、いつか書いてやろうと思った。
Kと電車に乗った。京浜急行電鉄京急本線。ふたり無言のまま揺られているうちに、大岡川沿いの馴染みの区間に近づいた。
「次で降りるよ」と促した。Kはとぼけて、外の景色を見ている。
「東京に帰るの?」
「そうだな、今日はそうしようかな」
ひとりで降りて、自分ひとりの部屋に戻る。のぼりの坂道は心臓が苦しい。途中で何度も足を止めて休んだ。
二時間後、案の定、Kからメールがあった。
「まじめに引っ越しを考えないといけない状況。三浦のどこかに家を借りる。そうすれば、おまえもそこから抜け出せる」
「一軒家を借りて、一部屋くれるっていうの? 同じマンション内に借りるのも嫌がったのに、よけい近いじゃん」
「そういうことになるな」
「あなたのよろしいように」と返信した。
しばらくして追加のメールが来た。
「おまえ、俺がいても書けるだろ?」
「できないことはないよ。あんたはどうなの?」
「書くから、原稿整えてくれ」
それでふたり笑った。メールなので、声が聞こえたわけではむろんなかったが、Kの白く歯ならびのいい口元が目の前にあるような気がした。
Kと電車に乗った。京浜急行電鉄京急本線。ふたり無言のまま揺られているうちに、大岡川沿いの馴染みの区間に近づいた。
「次で降りるよ」と促した。Kはとぼけて、外の景色を見ている。
「東京に帰るの?」
「このまま、どこか遠くへ行っちゃいたい。つきあえよ」
とりあえず渋谷まで行き、円山町のラブホテルに泊まった。そして翌朝、Kは身支度をしながら、請うように言った。
「東京に住んで三十年になるけど、東武鉄道だけはまだ乗ったことがないんだ」
ならば、ということで渋谷から銀座線で浅草へ。東武鉄道で鬼怒川へ。バスで日光へ。日光鉄道で宇都宮へ。宇都宮駅前のホテルにチェックインし、近くの屋台街を歩いた。
「全部、初めて」
「そういう場所を引っ張り回してるから」
Kは自慢げだった。
「流石」と言いつつ、これから書く小説のことを漫然と考えている。かき混ぜて発酵、できれば熟成してくれるよう待っている。今はこうするしかない。
後日、なぜだか突然書き出した。…おまえは水だ。動いている。切り刻んでやろう。よそで何か見繕って貼り合わせてやる……。

作者による解題
東の方角に太陽が沈むという、絶対にありえない場面を目撃してしまった女が、幻覚を見るほど酔っていたのだろうか、それとも本当に見たのだろうかと、自分を疑います。そして、その場にいた友人たちに意見を求めてみるのですが、反応は鈍く、肩透かしを食い……、そう言えば過去にも似たようなことがあった、と女は思い出し、ますます混乱していきます。
女が体感する「虚実のゆらぎ」と、そこから現実が枝分かれして複数の異なる展開を見せ、複数の異なる結末を迎えるという、マルチエンディング電脳ゲームのような世界を書いてみました。
これは空想の産物ではなく、作者の実体験によるものです。ここに書いたことのほぼすべてが実際にあったことで、嘘でも作り話でもないのです。あんた頭おかしいよ、と笑われたなら、作者は否定も肯定もいたしません。