【2005 June】
●T子──<ひらめいた>
あなた、私のいうこときいて、小説を書いてみてよ。
舞台は、70年代後半の横須賀・本町。
そこで、事件ではなく、劇的な出来事つまりドラマが巻き起こるのだ。
「事件ではなくドラマ」と書いたのは、矢作俊彦ばりの構成や文体ではダメだから。
ハードポイルドを気取ったり、もったいぶった文の流れは本町の空気にそぐわない。
かといって、近松門左衛門もだいぶ遠いし、ここはやはり井原西鶴ばりの文体でいこう。
西鶴が難しいなら、野坂を見習うとしよう。
☆☆
よその土地から横須賀に流れ込み、よりによって本町あたりに棲息する連中を描くのだから、かなり猥雑なエネルギーを文章に注ぎ込んでよ。
格好のモデルとなる実在人物なら、いくらでもいたでしょ。
彼らの猥雑さを際立たせるに、代々横須賀で生きてきた善男善女の品行方正ぶりも欲しい。
品行方正の陰にひそむ残酷さ、淫欲ぶりも描いてほしい。
☆☆
巻き起こるドラマというのはね、たとえばこうよ。
本町のバーで働く若い女が、ハタチを過ぎて起業する。
英会話の個人レッスンという名目を隠れ蓑に、同年代の素人の女の子たちが米兵を自由に「買える」システムおよびシンジケートをつくるの。
女の子たちが「買って遊ぶ」ための小遣いに困ったときには、 ダニーの店みたいなところに紹介して、「おねだりドリンク代のキャッシュバック」という甘いアルバイトを教え込む。
店側からは紹介料をまきあげる。
ちょっと危ないビジネスだけど、頭のきれる弁護士が後ろ盾になっている。
この弁護士は金儲けだけが目的だけど、バーで働く女は時代の流れを直感的に先取りしていた。
大多数の女が欲求不満解消のハケ口を求めていること。
玉石混淆の男たちがナンパしまくるディスコよりも、イケメン揃いのホストクラブみたいなものをつくれば当たるという目論み。
そして、ブラザーたちがやがて白人男性の人気をしのぎ、多くの日本人女性をトリコにするだろうという確信めいた予見。
それらがことごとく当たりまくり、女は東京にも進出して年商数十億の事業家となる。
顧客の女たちも、どんどん変貌していく。
金で男を自由にできるのだから、男たちのサービスぶりにハイレベルなものを要求するようになる。
性のテクニックにもあれこれ注文をつけはじめる。
すると当然、男のほうも変わらざるを得ない。
女を喜ばせる技巧に長けたプロの男が増え続け、一般の男たちにも余波が伝わる。
こうして日本中の男が底上げされていった。
それはそれで結構なことだったが、それだけで女たちの性的ファンタジーは満たされない。
なにしろ、王子様幻想というのがあるからね。
自分がお姫様みたいに扱われることに一応の満足を覚えるものの、相手も王子様でなけりゃ物足りないわけ。
ちょうどその頃、本町あたりで遊んでいるひとりの男が芸能界にスカウトされた。
この男というのが実はインポで、そのせいか中性的な魅力があった。
「汚れを知らない王子様」というイメージを売りにして、現実ばなれしたメロドラマで大ヒットを飛ばす。
トントン拍子でスターダムにのしあがる。
今でいうヨン様現象のようなものを引き起こすのね。
だけど男本人にしてみれば、それだけじゃ面白くない。
肉体トレーニングに精だしてイメチェンをはかり、インポも克服しようと頑張ってみる。
そんなとき彼は、本町バーのホステスから大実業家に転身した女と出会う。
この女がついにインポを治してしまうのよ。
そこから先は、めくるめく愛欲の日々。
それに嫉妬したのが例の弁護士。
女が築き上げた財産を横取りし、会社そのものを潰しにかかる。
元インポだった男は女の危機を知って敢然と立ち向かう。
彼女のために腕でも金でも知恵でも勝負するし、辣腕弁護士を雇って会社を守ろうとする。
だけど結局、会社は潰されるの。
女は恋人のスキャンダルを回避するため外国へ逃走する。
そして一切の消息を断つ。
あとに残ったのは、すっかり毒抜きされた本町の町並み。
ゲームセンターに女子高校生が集い、米兵たちを気軽にナンパしまくっている。
本町から出た王子様スターも、彼女が去った数年後には、ふつうの男優レベルでそこそこ落ち着く。
☆☆
どうでしょうか。
かなり通俗的で面白いと思うのですが。
映画化もしやすいでしょ。
ドラマ展開は通俗的に、ただし文章と映像は芸術的に。

●K君──近松、西鶴、野坂というのはわかる。
<戯作>ということだ。
☆☆
野坂の『文壇』は面白い。
私小説の極み。
☆☆
宇野千代が若い頃の、同世代の女流作家を評したものも面白い。
☆☆
横須賀とか三浦半島という<重力場>は、日本史にしろ世界史にしろ、それを眺める時の視点として決定的な意味があるのだと思う。
中華的西国政権に対して海洋土着的東国武士団が源氏を持って鎌倉が成立する。
やがてそこに、約500年後ペリーが現れる。
そこに横須賀が生まれる。
☆☆
さらに100年の後、コイズミという男がこの国の頂点に立つ。
<9・11>を背負い込んだこの男は、北朝鮮に向かう。
シナリオは、横須賀の台湾人が経営する中華料理屋で練られた。
出席者は、コイズミ、第七艦隊司令官、自衛隊幹部、イナガワ会幹部、在日ヨコスカ組織の幹部たち。
テーマは「対中国戦略」にほかならない。
米軍通信網が、冷戦後アメリカの大学施設につながった。
通信網の弱点を補うWeb化が目的であったが、結果、民生化した。
これがインターネットとなる。
この通信網は、トーゼン、日本の米軍基地に届いていた。
KDDの回線を使っていたのであろう。
慶応の湘南キャンパスは、いち早くインターネットを取り入れた。
すでに回線が、そばにあったのだから。
三浦半島のど真ん中に、NTTの大研究所がある。
NTTは、世界の言語を研究していたはずだ。
それは、いまYRP(ヨコスカ・リサーチ・パーク)なるものに発展した。
『情報』研究。
『情報』こそが軍事なのだ。
エシュロンを待つまでもなく。
☆☆
動画発信は、FM葉山が20世紀の段階で、葉山マリーナのジャズライブを、配信発信していた。
ラジオがインターネットを介してテレビになってしまったのだ。
しかも地域コミュニティーというミニFM局が。
☆☆
この段階で、ビジネスを考えれば、ライブドアのコンテンツとそのノウハウを持つフジテレビ買収などは想定できた。
映画といえども、その波にさらされないはずがない。
ネット・シネマという概念が登場した。
日活はUsenに売られた。
『実録鬼嫁日記』は、そのUsenが製作するのである。
もとはあの<有線>である。
☆☆
まだ過渡期だ。
映画館で見る『映画』とネットで観るもの『ネイガ』に分化し、ネットは映画のアンテナショップのようになるだろう。
一方で、個人やアマチュアが大いに『ネイガ』に参入してくる。
21世紀的である。
資本は、ネットワークに接続したPC1台あればよいのだ。
まったくの資本主義的な産業である『映画』は、蓄積されるべき資本が流動化してしまったのだ。
どこかで、再び<羊の囲い込み運動>をしないと、日本の映画産業は安定しない。それはいかにしてなされるのだろうか。
☆☆
<みうら映画舎>は、三浦のフィルムコミッションなのだが、映画の集積、やがては映画の製作を掲げている。
他のFCと異なるところ。
東京からの地の利を有する<海>というロケーション資産が、<みうら映画舎>の財政に大いに貢献している。
2年度にして黒字転換した。
もちろんこんな程度の黒字が資本の蓄積などとは言わない。
しかし、ある可能性は秘めている。
☆☆
もともと、町おこしから始まっているのだ。
マグロとダイコンからの転換。
宿泊して観光するための<新しいお祭り>でも、仕込んでみようかと思っている。
『三浦半島海岸線の海の火祭り』。
それと並行して映画祭。
『映画館のない街の映画祭・海の映画祭』。
『半島ストリートライブ』。
☆☆
疲れたので、やめる。
結局、プロデューサーとは、街の活性化=演出くらいできなければ、と思っている。