恋愛かくれんぼ

恋愛かくれんぼ・デートノート2011①

投稿日:2021年7月3日 更新日:

彼女はT子、彼はK君。

ふたりは同じ高校の1学年違いで、15歳と16歳の出会いだった。

T子新入学の春が終わる前に、お互い好きになっていた。

それから2年後、K君が一足先に卒業した。

大学浪人生となったK君は、前ほどT子に構わなくなった。

ひとりでいるのがつらかったT子は、K君以外の男の子ともずいぶん仲良くした。

K君もまた、T子以外の女の子と仲良くすることがよくあった。

そんなふうにして45年の月日があった。

K君が61歳で病死するまで、ふたりの仲は途切れ途切れに続いた。

その45年のうち、最後の12年間に、ふたりはメールのやりとりをした。

それが膨大な交信記録となって、T子の手元に残っている。

交信のはじまりは2004年。

T子の名刺にメルアドが記されており、それを捨てずに持っていたK君がアクセスしたのだった。

ふたりが言葉を交わすのは、数年ぶりだった。

そして7年がたち、今は2011年──。

【2011 January】

●T子──小説書き出した。

強烈な語り口で、イカれた人々を彫刻しようと思った。

やってみたらドブ板の描写がスラスラと。

この線でいくか、という感じ。

開高健をかなり読んだためか、濃密な文体になってるよ。

本当は横須賀、横浜、パリそれぞれ短編でと考えていたが、今回は横須賀だけで100枚いけちゃうかも。

…………………………

●K君──T子様

おめでとうございます。

ヨコスカの匂いのする文章が読めたら幸いです。

楽しみです。

あの場所の、あの時代を、女性視点で語れる人は、そういないはず。

また、稀有な生き様をした(させてしまったのか!?)イイ女もいないぜ。

強烈に自分に引き付けて書いたらよろし。

微に入り細に入り、書け。

『モロッコの辰』『異端の歌人 山崎方代』なんてのを読んで年を越した。

2011年初春 K

…………………………

●T子──Kさま

小説、書けました。

一番にご高覧いただきたく、送信します。

変なところがあれば指摘してちょうだい。修整したい。

応募要項400字で、原稿用紙100枚以内ということは、4万字まで許すということかな。

これ3万3千字あるんだけど、大丈夫だと思う?

☆☆

ラップトップのメールアドレスから送ります。

デスクトップも使うけど。

小説に関するご返信はラップのほうにお願いします。

…………………………

●K君──T子様

読んだ。

体調悪く酒控えた朝だったが、読後酒が飲みたくなった。

そして飲んでいる。

金髪純子の造形描写以降、一気に行った。

ハードボイルド、翻訳文体、告白文体、も好ましい。

一人称表記なし。

描写や用語や形容が幼い雑なところはあるが、それも「意識」して使えば、またリズムや「文体」となるか。

構成、シノプシスを再構成すれば。

☆☆

語り部は、「つかの間」の場所から四半世紀を過ぎて、(地理的概念ではなしに)何処に行き着いたの?

あの時代自体が、「つかの間」の時間だったのか。

☆☆

フランスへのベクトル、視点はあり。

ツーロンの下町。

USAカリフォルニア、サンデイエゴの下町。

☆☆

酒が飲みたい(賞賛の感想だ)。

大切に扱え。

イケルと思う。

文芸の名伯楽、編集者と出会え。

☆☆

まだ10代の少女だった。

その生理。

☆☆

土砂降りの夜に何十年振りかで再訪する、という出だしはある。

今は1ドル88円か。

☆☆

反則だけど、在日コリアンの人間模様があれば。

その彼女に会いに行くのだ。

ステフ?後説。

今は大きな焼肉屋を切り盛りしている、アジュモニだ。

☆☆

おいしい酒は、身体に良いようだ。

☆☆

PS:わが関わった映画『Aサインデイズ』崔洋一監督がある。

機会があれば、どうぞ。

…………………………

●T子──このまえの誕生日の頃、本当に久しぶりにドブ板を歩いた、飲んだ。

ドブ板は懐かしかったけど、ずいぶん変わっちゃったなと、がっかりした。

いつもなら、それだけで終わったと思う。

でもあのときあなたがいて、いろいろ話をし、忘れかけてた記憶がさまざま甦った。

それで頭が活性化したせいか、落胆も郷愁も深く残ったかもしれない。

それとは別に、正月明けにパソコン買って、とにかく小説書かなきゃと手をつけてみたら、こんなふうになっていった。

だからなんだか、あなたに書かされたという気もする。

書かせていただきました。

書くうちに、だんだんのってきた。

連日書かずにいられなくなった。

すっかり忘れていた言葉たち、「ぽっぽ」「ぼる」「オバケ」なんていうのが、記憶の底からふいに浮かび上がり、戻ってきた。

そういう不思議な感覚を初めて経験した。

推敲のときはいつも頭の中でリズム音が鳴りだした。

それも初めての経験だった。

店名をどうするか考えて、オメガを思いつき、辞書で意味を知り、これだと思って使うことにした。

でも、このオメガというのは、いつかK先輩から聞いた単語だったのではなかろうかという気がしてきた。

記憶を確かめようとしたけど、うまく確かめられず、今もあやふやなまま。

オメガは、あなたの着想ですか?

確かめさせてください。

あなたからもらった言葉でも、使っていいよね。

☆☆

追伸

書き終えて半日。

もう距離ができた。

当時のドブ板を知らない人にとって、この小説、ピンとくるものかな。

何の意味を持つのか。

自信なくなった。

●T子──先日、体調悪いと書いていたけど大丈夫?

長生きしてくださいよ。

ご指摘を受けて、考えました。

若干ですが手を加えましたので、もう一度読んでもらえますか。

よろしくお願いします。

…………………………

●K君──「つかの間」の場所・時間の解釈。

だから「今」。

逆に「今」は、あの「つかの間」があったから。

ということが私小説的に要だろう。

私にとっての、あの「つかの間」の場所の解釈。

今のままだと、よく書けている「背景」に留まるのでは。

「つかの間」の場所と時間との距離感。

時代の「流れ」の感覚。

☆☆

近すぎる。

思い入れもある。

第三者の目で「小説」として助言を受けたら。

「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」でも聞こえてきそうだけれど。

JBか!

●K君──『文人悪食』新潮文庫。

面白い。

こんなのを読んで、自作を省みたらどうだろう。

酒と食い物にも、愛と性も見えるぜ。

☆☆

『横須賀挽歌』

「キミが、エロチックなパンティを履いてた頃に会いたかったよな」

…………………………

●T子──図書館へ行ったので『文人悪食』借りてみた。

面白い本だと思うけど、私の「ドブ板トランジット」にどう活かせと?

☆☆

あれから弟に助言求むるも、これか!の方策は得られず。

なにかがもひとつ足りないのだそうです。

仕方ないから鈴木いづみ語録みたいな本を予約してきた。

☆☆

母いわく、「人の意見に振り回されちゃだめ。おまえがドブ板わかってんなら読者もわかる。審査員の先生方はならおさらわかる。勢いで書き上げて即投稿が望ましい。おまえ自信ないのか。それじゃ受かんないぞ」と。

母の直感するどいから無視できない。

でも締め切りまでまだ時間があるし、もう少し悩んでみます。

☆☆

ドブ板を描くとなると米帝、日帝がからんでくるのもやっかい。

平岡正明氏はヤン・ソギル贔屓で、それに関連してこう述べておられる。

「世界文学の定義。一言だ。帝国主義の内と外を描きだす文学」

この偏りぶりは氏一流のものだから、とりあえず聞いとくとして。

私としては、開高健氏の次の言葉がありがたい。

「短篇とは何か。瞬間の人生である。短篇は切り口でみせなきゃいけない」

「本によっては新しき戦慄をあたえるまがまがしい良書というものがあって、生きることにさらなる苦痛とわずらわしさをもたらしてくれるが、じつはその毒そのものが一つの薬なのである。ということに思いいたるのはずっと後日になってからであるが…」

☆☆

K先輩のご指摘、というか疑問に答えておきましょう。

>語り部は、「つかの間」の場所から四半世紀を過ぎて、(地理的概念ではなしに)何処に行き着いたの?

↑語るべきものを持てずにいたかつての自分に言葉を与えてやるポジションに辿り着いた、と本人は思っています。

「金、金、金、稼ぎに追い立てられる暮らしに変わりはなくても、言葉だけは湯水のごとく使ってなお減らない。むしろ殖えていく。豪勢なことである」

☆☆

>あの時代自体が、「つかの間」の時間だったのか。

↑そうです。

「イラン人、タイ人、フィリピン人、南米から一家総出の出稼ぎ組、中国、ロシアから来てホステスやってる女の子もよく見かける。トランジット・パッセンジャーが目白押しだな。でも、これでようやく日本もコスモポリスの仲間入りか、なんて甘い考えはもたないほうがいい。どうせつかの間のことなんだよ。それを承知のうえで、お互い、雑種文化を楽しめばいい。生き延びる力が底上げされるだろ。犬でも猫でも、純血種よりも雑種のほうが強いっていうから」

☆☆

ところで、樋口修吉著『ジェームス山の李蘭』と『本牧ララバイ』はすごくいいけど、そのほかの作品はあんまりよくないね。

がっりした。

☆☆

矢作俊彦も男の子たちにうけてるから読んでみようと思うけど、あのひとカッコつけすぎじゃない?

ナルシスト文体?

☆☆

次は横浜を舞台に書くつもり。

タイトルは「YHMスクランブル」。

中華街はずれのラブホテルで在日コリアンおよび韓国からの出稼ぎ組に取り巻かれて働いた日々のこと、になるかな。

韓流ブームのずっと以前、いろいろ教えられるものがあったから。

☆☆

私のアコーディオンの師が若かりし頃、小港のチャブ屋とザキの根岸家で専属バントのアコ弾きやってた話もちょっと面白い。

福富町とか、あのあたりのことね。

私ったら関内だけじゃなく福富町でもホステスのバイトやっていて、晩年のメリーさんに毎晩会っていたのよ。

☆☆

無国籍地、荒地願望、心象風景のスケッチ。

「ドブ板トランジット」だけじゃ1冊の本にならないから、短篇いくつか書いておくのよ。

関連記事→恋愛かくれんぼ・デートノート2011②

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