【2011 August】
●T子──酒のせいで、精神的な自立と自律を失いかけた。
最悪の振り回され方だと思う。
私が書くものについては私が決める。
今までは誰の意見も内心スルーすることができた。
ここで再び自立と自律を取り戻す。
ご意見感謝。
だが越権はなしに願います。
…………………………
(しばらくして返信あり)
ふーむ、と。
…………………………
私はまた朝まで眠った。
Kもホテルで、きっと眠り続けているだろう。
ひどいメールを送ってしまったことが気にかかって仕方ない。
だからまたメールをした。
…………………………
●T子──12時にチェックアウトしたあとは、何処行くの?
飲まずに食事だけ、つきあおうかな。
もしくは、お茶!
…………………………
●K君──やんちゃ遊びおつきあいありがとう。
身体が悲鳴をあげるほどの、非日常的愚行も、命の洗濯かもしれない。
「ひとりでやれよ、バカ」うん。
…………………………
●K君──9時半、チェックアウト。
磯子だ。
…………………………
●T子──横須賀に戻るのね。
それなら良いけど。
な~んだ、もうご近所には居ないのか。
抱きしめたかったのに。
…………………………
●K君──いる。
杉田。
井土ヶ谷から近い。
…………………………
●T子──杉田でお茶?
だけど私が行くまで時間つぶせるの?
…………………………
●K君──シーサイドラインお散歩オプションあり。
…………………………
●T子──まだ気が変わってない?
新杉田駅で私を待つ?
…………………………
●K君──無理強いはしません。
もうすぐシーパラダイス。
…………………………
●T子──金沢八景へ向かっているわけか。
私どうしよう。
出かけられるけど。
…………………………
●K君──八景に着いた。
…………………………
(電話で話す。弘明寺駅で待ち合わせすることになった)

【デートノート④ 2011.8.26〜8.30 3泊5日・75時間デート】
(T子記す)
8.29.11:00
私はシャワーを浴びて、ベージュのワンピースを着ていった。
弘明寺駅で再会。
駅構内で古本『横濱唐人お吉異聞』山崎洋子を買う。
小説にはやっぱりストーリーがあったほうがいいのかなあ。
☆☆
Kと一緒に南図書館へ。
4冊返却。
それを見てKは「中井英夫おもしろかっただろ」と言う。
「松平盟子を借りろ」とも言う。
2階で探すが、ない。
代わりに、野坂昭如の三島由紀夫論を借りる。
『かくやくたる逆光』という本で、のちに読んでみたら、これがすごく良い。
野坂の文章は、知的でタフで男っぽくて色っぽい。
☆☆
図書館は節電のために暑い。
1階でKに水を飲ませる。
☆☆
焼肉店へ。
私は上カルビ、Kは豚ホルモン。
ビールを頼んだのに、Kはまた持参の日本酒を飲む。
やめて、身体がもたない。
いいんだ、飲めるときには飲む、おとといは起き上がれなかったけど今日は少し調子いい。
苺クリームを3つ食べさせる。
☆☆
またしても離婚の話になる。
そうしたい、とKが言う。
離婚すると言われて私が喜ぶと思ったら大間違い。
内心では歓迎だけどね。
しかし離婚するには、お金の問題がつきまとう。
K実家売却できるかどうか、母親介護費用の問題もあり、妹と遺産分配どうするかの件では、父親の生前に4千万もらっている負い目もある。
父上は孫のためにしてくれたのだろう。
Kにとって最大の苦労は、世田谷への仕送りを今後も続けなければならないこと。
☆☆
長女は中学から私学で、大学は理系に進んで建築を勉強、○○ホームに就職が決まって御の字、頭のいい子だ、とK。
理系だから、あんたの血じゃないでしょ、と私。
長男はサッカーで自立。
それもあんたと違う。
妻は定職定収入あり、俺らの仕事より単価が低いが、今はフリーランスよりも固定給ある身が強い、とK。
次女は高校生だが、来春大学進学して奨学金の申請が済めば、もうそれで終わりにできる。
ばあさんが死んで、もしくは施設に入って、実家に俺一人で住めるならオッケー。
☆☆
女房はテンぱって生きてるから、いずれ絶対にぼけると思う、そうなったら嫌なことはすべて忘れて、俺のこと大好きだから慕ってくるだろう。
そうなってほしいの?
違う。
じゃ困るでしょ、ぼけて慕ってこられたら邪険にできないよ。
☆☆
世田谷ではあんたが家事やってあげてるの?
うん、4時には起きてみんなの洗濯、朝食の支度、誰もいなくなってから自分の味噌汁つくって魚焼いて食べる、買い物も毎日行ってる。
えらい、それだけやってるなら、もう少し大きな顔していていいのに。
☆☆
ゼロが言ってたよ、「うちの亭主やT子ちゃんの昔のつれあいは図々しいんだ」と、「それに比べたらKさんはナイーブだよ、だからT子ちゃんいつもの調子でがあがあ言うな、彼は傷つくよ」と。そう諭されたんだ。
だけど、長年一緒にいた人と別れるのは大変だよ、心の準備に1年はかかる、別れの前後の半年は本が読めなくなる、と私。
読書ができるかどうかは精神状態のバロメーターだよな、とK。
☆☆
あんた伊豆の宿で言ったね、「うちは山の中だけど遊びに来てくれるか」と。私に実家の物件を買えというの?
まさか、違うよ。
遊びに行くのはいいけど、だけどほかの女がいたら嫌。
おまえ、もうひと皮むけろ、悟れ、俺と関係があった女とも平気で話せるようになれ。
無理だよ、そんなの。
というのは萬里で話したこと。
☆☆
「最後は一緒に」というのはいい。
☆☆
私がこのたび応募した群像新人賞で賞をとって単行本出版、作家デビューすれば、印税率はライター時代の3倍になるし、講演そのほかの副収入もある。
おまえ何を講演するんだ?
私は正しい日本語について説いてまわりたいけど、そんなんじゃ誰も講師として呼んでくれないから、だめな男にひっかからない知恵でも説こうか、「自己評価が低いとだめ男とつきあうようになる。それで終わりにしないで自己再生、復活することはできる」そんな内容なら、これまでさんざんゴーストライターの仕事で書いてきたから、講演のテーマにできると思う。
というのは伊豆の宿で話したこと。
☆☆
話を戻すと、「最後は一緒」というのはいい。
私が作家になったら面倒みてあげる、あんたに書きたいものを書かせてあげる、でも今の私の力ではできない、それはあんたも見ていればわかるでしょ。
☆☆
私が三田からデビューできると思った?それとも無理だと思った? こっちはてっきりその気になって母とこう話した。「こうなると逆に困っちゃうよね。これからどんどん作品書いていかなきゃいけないのに準備ができていない。でも頑張る」と。母は、「今までどおりライターの仕事を大事にして生活基盤を守れ」と言った。
というのは伊豆の宿で話したこと。
☆☆
私は引き寄せる力が強いから、いずれ作家デビューすることになっている、そうなったときはあんたの力になりたい、結婚という形でもいい、それなら確実に面倒みてあげられる、そのときあなたのほうでもそうできる状態になっているといいな、弟は反対するだろうけど、私はまあそれでもいいと思っている、青江美奈が亡くなる直前、歌の師匠でヒモだった男と入籍した、その気持ちがわかる、大事な男が生活に困らないようにしてやるには結婚か養子縁組しか方法はないじゃん。
というのは前の晩にブリーズベイホテルで話したこと。
☆☆
ともかく、Kは母上がいてくれたおかげで実家があり、母親名義ではあるけれど貯金もあり、世田谷のほうも子供が順調に成長して何とかなりそうなのだから気を楽に持とう。
なんとかなる。
別居という手もある。
しばらく離れてみて、子供がみな独立し、また奥さんと二人でやり直そうという気持ちには、あ、ならないのね、そのほうがいいけど。
だけど本当に別れるには、心の整理に数年かかるよ。
☆☆
ともかく早く一人になって書きだしてほしい。
秋までに1冊書きあげるのは無理かな。
そうか、群像の賞は私に譲ってくれるんだっけ。
阿部薫と鈴木いづみの件はあんたが書いて。
書きたいのは私じゃなくてあんたなのだから。
直接の知り合いじゃなくても評伝なら書ける。
私がいろいろ教えてあげる。
あづさに会うなら呼んであげる。
いづみさんの著作は文遊社から復刻されている。
「タッチ」という作品で阿部さんのことをまとめて書いている。
最後の小説では、ほかのことも書いている。
そしていづみさんは、最後の最後に私のことを書いている。
あんたは、俺の知り合いの女(私のこと)がいづみとこうだった、と書ける。
阿部薫の川崎の実家、鈴木いづみの伊東の実家、ほかにもいろいろ調べて歩きたい、金がかかる、とK。
100万くらいでしょ、と私。
その間の生活費もある、だからいずれということにして、今はそのこと考えたくない、あれを書くには頭の使い方が違う、今すぐ書けるのはシャンプーの短篇、それから、おまえのこと、MOJO。
阿部薫と鈴木いづみの件、その気になってくれて、ああよかった、すっきりした。変なメールを送ってしまったから気になっていたの。
お互い、離れた直後どうしているか気になってメール打ったんだ、だけど昨夜はもうぼろぼろで文字打てなくて、「ふーむ」としか書けなかった。
いいの、とにかく私はこれで気が楽になった。

弘明寺商店街を散歩。
コーヒーを飲む。
私のコーヒーゼリーからアイスクリームをとって、Kの口に入れる。
☆☆
また坂を登るのは嫌だから、京急には乗らない。
地下鉄にする。
だったら桜木町に戻ってブリーズベイ。
また同じホテルかよ、笑われないか。
平気よ、スタッフもチェンジしてるよ。
領収書を見て電話して、ツインをシングル予約して。
予約とれなかったらやめる。
電話した。
とれなかった。
やめろってことかな、と私。
いや、電話だから予約とれなかったけど、行けばとれる、とK。
そういうもの?
そういうものなんだ。
じゃ行ってみるけど、もしだめなら?
ここは横浜だぜ。
そうだね、もしだめでも、中華街のラブホテルに行けばいいのね、そうすれば私は取材という当初の目的が果たせる。
☆☆
地下鉄の車中、「今日は何語モードでいこうか」と聞かれ、私は知ってる限りのフランス語を口にしてみる。
☆☆
「今日のファンデーションは」?と聞かれる。
今答えなくてもいいけど、とK。
そして、俺ばかだから、と。
私は今日もノー○ラ、家にいるときはノー○ンだけど、外出するからパ○ツはいてきた。
☆☆
ホテルの前で。
そうか、やっぱり心残りだったのか、俺がいかなかったから。
違うよ、あんたの事情をいろいろ聞いて、それで。
素直に「そうだ」と言え。

午後2時、チェックイン。
これで翌日の12時チェックアウトまで22時間もある。
なんとゴージャスな気分。
☆☆
部屋に荷物をおろす。
几帳面なKは下着を洗濯。
そのあと、ふたりで買い物に出る。
ちぇるる。
ぶどう、いちご、パセリ、サンチュ、キャベツサラダ、ドレッシング、ソーセージ、巻き寿司少々、酒、ワイン。
Kは100円ショップでワインオープナーを買ってくれた。
コンビニでタバコ。
☆☆
部屋に帰ってくつろごう。
延々と話す。
文学について、日本語学、言語学、歴史、映画について。
私にはサガンみたいなのしか書けないと思ってたでしょ?でもそうじゃなかったから驚いたでしょ? というかむしろ、サガンのように書くのは大変なことだよ。
書けないよ。
そう、書けません、サガンの第1作なんて本当に素晴らしいもの、18歳であんなすごいもの書くなんて、だから世界中で売れた。
金の話はよせ。
連載小説を書くには、自分の誕生日の新聞を取り寄せて時事ネタと社会風俗を拾う、とK。
そこにショートストーリーをからませればいいわけね、たしかに書きやすい、と私。
56歳だけど、ネタ56本で短篇56作はちょっと多いかな、とK。
4ページの短篇が56本なら単行本にちょうどいい、でもオファーがなければ、勝手に連載はじめられない、と私。
Kは笑う。
ジョージ・オーウェルのカタロニア讃歌、1984、ロンドン・パリどん底生活、この3作を読んでみてよ、すごいから。
(正しくは『1984年』『パリ・ロンドンどん底生活』もしくは『パリ・ロンドン放浪記』、あと『動物農場』もあったっけ)
それからオーソン・ウェルズ、市民ケーン、上海から来た女、第三の男、「あのラストシーンで並木道を一人で歩く女優はT子さんに似てる」と○○さんが言った。
それは口説いてるんだ。
そうなの? あのときスターダストで言ったんだよ、あんたもいたよ。
そんなことを俺の前で言うな、不愉快だ、あのときは聞いてないふりをしたが。
そう言われると嬉しいけど。
○○さんはあのとき、私とばかり話していたよね。
彼は、俺のほうができる男だとわかるから嫌がってたんだ。
あんたの仕事につなげたかったのに、ちっとも役に立てなくて悪かった。
たぶんそうなるだろうと、会う前からわかってた。
矢作俊彦、あんたも○○さんも「いい、いい」っていうから読んでみた、横浜のこと愛をこめて描ける男だね、好感もった、好きになった、だけど「あじゃぱん」「ららら科学の子」は読めない。
いや、読めば歴史が見えてくる、矢作は初期の作品が素晴らしい、文章がエロティックだ。
そうかしら? 私は彼のエッセーのほうが好き、思いのほかナルシストじゃないし、気どっていないから、あと橫浜のこと素敵に書けるから。
☆☆
原節子は特別な存在だ。
私は岸恵子が好き。
俺、あき竹城のほうがいい。
じゃあ、あき竹城と春川ますみの2人と京マチ子だったら、どっちがいい?
京マチ子。
でしょう!!
原節子は別格、あと俺はソフィア・ローレンがいい。
ジャンヌ・モローよりいいの?へんなの、余貴美子はどう?いい女じゃん。
だめだな、彼女のことは知りすぎてるから。
☆☆
○○党の党首選挙の結果をテレビで見る。
政治経済歴史についてはよくわからない、教わってもすぐ忘れてしまう、そっち方面の思考回路ができてないのね、と私。
違うだろ、まったく関心がないせいだろ、とK。
だけどフランス革命の歴史は、あんたよりも私のほうがちょっとわかってるかもよ、ナポレオンの甥によって王政復古、アンシャンレジウム、でもバスチーユで暴動が起こる、普仏戦争、パリ・コミューン。
↑帰宅後調べたら、とんでもなく間違っていた。
恥ずかしい。
だけどこれは合っている。→ヨーロッパ各国みんなローマだった、ローマ帝国、それがフランク王国になりドイツになり、イギリス、フランスと分かれていった。そのあたりはKもよく知っているはず。
☆☆
私はフランス映画も得意。
「パリの夕焼ショー」で書こうとしていることはフランス映画みたいな世界、好きな人が相手だとエクスタシーに達しない女がいて、ある男と出会ってすぐにベッドに行った、単なるラブアフェアではなく、性的ファンタジーをお互いぶつけあうために、それでセックスに燃えて堪能するけど、結局は好きな相手のもとへ戻っていき、ふたりの間には友情が残る、という話。
俺とおまえも友情だよな。
やだ、友情もあるけど、それだけじゃない。
そんなのわかってるよ。
☆☆
ドブ板の猥雑なエネルギー、私も自分の政治的ポリシーをどう表明していいのか悩んで、結局ああなった、あんたが言っていたことも頭にあって。
それはいい。
私は実感から書いた、あと、サイパンのスーパーマーケットの逸話は私しか書いていない、ほかの人たちは書いていない、そもそもそんなことがあったと知っている人はほとんどいなかったと思う。
俺とおまえしか書けないことはほかにもある、モンタナのビッグママのこととか。
それは私は知らない、知ってるのは、まちこママだけ。
おまえしか知らないことっていうのは、いづみとのこと。
それはあんたに教えるから、あんたが書いて。
俺は阿部薫を書きたい、なぜ薫といづみを書きたいのか、そこを考えないといけない、いづみの書いたものは好きじゃない、存在は好きだけど、文学になってない、だからおまえが文学にすべきだ、と言ったんだ。
あのふたりの生き方、燃え尽き方が、あんたの理想なんじゃないの?
違う、書きたい理由は、俺が映画をはじめた理由と一緒、新宿へ行くために映画が必要だった、ゴールデン街ではじめて飲んだとき阿部薫の遺影があった、ショックだった、おまえの部屋で阿部薫と電話で話した、その記憶が強烈に残っている。
あのとき、相手が阿部薫だと知っていたの?
知らなかったかも。
私もよくわかっていなかった、だけどあんた、それだけのルックスなら映画をやらなくても新宿に行けたでしょ、○○○のママに「原田芳雄よりいい男だ」と言われて愛されたかも、ゴールデン街で私と飲んだことは覚えているのね、でも「八月の濡れた砂」をかけてもらって聴いたこととか、その手のディテールは忘れてしまった、しようのないひと。
☆☆
開高健。
倉橋由美子。
残るべき作品が残されていない。
桜庭一樹が受賞の力で「聖少女」を復刻した。
よくやってくれた。
☆☆
ヤン・ソギル。
平岡正明。
中上健次。
元『新潮』編集長の坂本さん、ああいうすごい編集者にもまれてみたい、と私。
そういうことはそいつに言え、俺に言うな。
三田文学編集長についてもいろいろ調べたよ、どんな経歴でどんな本を出してるかわかった、編集長とは電話とメールでやりとりしてる、会えばイチコロなんだけど笑、違うか笑。
編集者には惚れろ、向こうにも惚れてもらえ。
私はいざ書き出したら賞のことも部数のことも考えていない、ひたすら無心。
少し考えて書いたほうがいいんじゃないのか。(いつもと話が違うじゃん)
ふだんは考えるよ。
金のことは考えるな、あとからついてくる、とK。(さっきと話が違うじゃん)。それよりも残るものを書け、おまえもライトノベルでも書けば金が入って、幸せになれるかもしれない、だけどそれで満足できるか? いいもの書いて、まったく売れなくても誰も読んでくれなくてもいいと思わないか?
そりゃ私だって、書きたくないものを書いて売れようとは思わない、書きたいものを書く、売れなくても書く、仕事とは別に書く。
誰にも読まれなくてもいいから書け、生前はまったく認められなかった本物が大勢いる、石川啄木、若山牧水、その他諸々、ホメロスがなぜ残って古典になったか考えろ、それが文学だ。
作家業だけで食べていけてるのは、日本全国でわずか200人だってよ、椅子取りゲーム、それだけでも大変なのに、世界の200人に加われっていうの!?
そこまで目指していいんじゃねえの? 俺は死んで1000枚原稿が残る、それでいい。
どうして生きているうちに発表して他者に読んでもらおうとしないのよ、閉じてる、死後の偶然にまかせるのはだめ。
偶然じゃなくて必然だ。
違う、偶然に偶然が重ならなければ作品は陽の目を見ない、カフカ、ゴッホも良き後継者と偶然の数々に恵まれたからいいけど、そんな危ういものに賭けることはできない、私は生きているうちに自力で作品を出す、陽の目を見る、そのためにいろいろやる、投企だよ、実存主義だよ、私の根源的モチベーションは傑作の感動を読者と共有したいということ。
☆☆
文体について。
私が読書をするときは、文が意味するところでもストーリーでもなく、文章そのものを味わっている。
文体なんていうものはない。
いや誰にでも文体はある、だから私は五木さんの書いたものとライターの書いた文章の違いがわかる、どれほど意義のある作品でも文体がよくなければ、よい作品だと認められない。
おまえが言うのは美意識だ。
そう審美、審美眼、エステ。
おまえほど美意識の高い人間はいないんだから、そこはどうでもいい、詩を書け、短歌をやれ、短歌だと思わずに詩を書くつもりで読め、詠め。
私がやりたいのは韻律のない散文詩、小説の中に散文詩を入れること、あんた私がやりたいと思っていることをよく理解していない。
☆☆
中上健次も瀬戸内寂聴も暑苦しい、いちいち机に向かわなくても、こっちは夢の中でも書いている、と私。
ライターごっこで満足するな、文学をやれ、残るものを書け、俺の中で残っている作家は…。
そういう残り方でいいのなら、だったらわかる、いづみを書けといった理由もわかる。
おまえもっと勉強しろよ、好き嫌いでものを言うな。
私が文芸批評をやってるなら主観で語っちゃいけないけど、今はいいじゃん、フリーカンバセーションなんだから。
文学者ならいつでもきちんと考えて話せ、簡単にものを言うな、微視的思考と巨視的思考、系統だてて語れるように、そろそろそういう話し方ができていいんじゃないか。
あんただって直感でものを言ってるじゃん、論理じゃないよ、直感だよ、あんたはすごく鋭いからいいけど。
おまえがムキになって話すと、論破しなきゃいけないから疲れる。
☆☆
幻冬舎で五木番をやってる編集者は昔の部下。
だったら頼ってみればよかったのに。
それはできない。
プライドのせい。
そうじゃなくて、ライターの仕事に切り替えられない、映画というものがあったから。
女には甘えるくせに。
男では石井さんにだけは甘えられた。
瑞穂埠頭で石井監督に会わせてくれたとき、私を「名美」の候補の一人というつもりで連れていったと言うけど、ほんとかよ。
93年頃のことだな。
横浜のロケ場所を紹介したら、現場に呼んでくれたじゃん、それで一緒に飲んだ、あんた車に乗ってたよ、仕事も家庭もうまくいっていて、私のことなんか本気で相手にしてくれなかった、こっちはバブル崩壊のあとで四苦八苦していたのに。でもあれから数年後には、私はライター稼業に転身、その頃にはもう借金を全部返し終えていたし、楽になっていた、ライターになってからの15年はアルバイトもせずにこられた、書く仕事は男よりもたしかで素敵、だから私は書くことで頭がいっぱい。
☆☆
大連で知り合った男と箱根へ行って富士山に手を合わせ、仕事の成功を誓った話。
そいつは離婚係争中だから、なにかと面倒、いやんなった、もうやめちゃおうかな、私は行く先々で美人だといわれるのにそいつだけは私を誉めてくれない、あいつ生意気だよ、横浜ではお姫様あつかいしてくれる社長がいっぱいいるのにさ、「そうだやめちゃえ」と母も言ってる、だけど結婚を前提にアプローチされたら母は「行け」と言うだろう、私だってそれを望んだ時期がある、ただ、おかあさんがいなくなったらマレーシアで大きな家を借りてメイドさん雇って、という提案には乗り気じゃない、私は日本にいて書いていきたい。
あんたなら読めるでしょ、海豚。
いるか、じゃん。
やっぱり読めた、大連で彼は読めなかったの、好きになりきれない。
☆☆
おまえならわかるだろ、記紀。
日本紀、続日本紀。あと古事記、ね。
そうそう。子供の名前につかった、あと芙美の字も、それをあいつらがわかってくれるか。
名前の由来を説明したの? しなきゃわかんないじゃん。
説明しなくてもわかってくれるようでなきゃだめ。
☆☆
林の○○○さんの話、介護の仕事に進みそうになった話。
☆☆
目黒の出版社社長は、さすが東大出だ、参考図書の選び方がすごくうまいよ、という話。
その社長が「ドブ板トランジット」の感想を寄せてくれたこと、「芥川賞獲ってください自慢します」の話。
☆☆
校正校閲の仕事はオススメだよの話。
☆☆
中上健次やヤン・ソギルは背負っているものが違う、とK。
だけど才能がなければ書けないでしょ、と私。
文体、文体というけれど、川端、谷崎、漱石の古い文体に感動できるか?
感動するよ、最近も川端康成『片腕』という短篇をコピーした、谷崎で一番好きなのは『陰影礼賛』。
それは俺もそう。
漱石は笑える、鴎外はちょっとむずかしいけど読める、江戸時代の戯作から完全に脱却して近代文学がはじまったのは漱石と鴎外から、というのが慶應のスタンス。
言文一致は二葉亭四迷。
山田美妙だよ、同じようなものだけど。
☆☆
あんた戯作のスタイルでいきなよ、野坂も戯作、おもしろいよね。
☆☆
三田会のビンゴで毛皮を当てると言ったけど、カシミヤのストールと手袋を当てた、隣に住んでる茶道の先生にあげた、母が「娘は慶應」と自慢したがった。
おかあさんかわいい、おかあさんと俺はきっと気が合う、会わせろ、とKは何度も言った。
☆☆
私は澁澤龍彦のジュネ論をコピーしてKにあげた。
Kはサルトルのジュネ論は読んだのだろうか。
☆☆
俺たちゃ成長が遅い、30歳でやっとハタチ、35歳で大学卒業の感覚、とK。
それは私もそう、昔のつれあいと別れてやっと学生時代が終わったという気がする、と私。
その別れた男とのことは去年いろいろ話して聞かせたので、もう言わない。
だけど聞かれた。
セッ○スレスじゃなかったのか?と。
あたしはずっと拒絶モードだったけど、ぐずぐずうるさいこと言うから、結局していたね。最後の時期はよくしていた。
☆☆
「湯灌シャンプー」というタイトルにしなよ、と私。
はじめからオチをばらせない、とK。
じゃブレストしよう。
いやだ、自分で考える。
私のこと書くって本気かな。
カクテルの名からとってタイトルは「MOJO」、猛女にする、とK。
☆☆
ライトノベル官能恋愛小説はやっぱり書けない、とあんたに断られたけど、それならそれでいい。
昨日は50万ほしかったから、ちょっと書く気になった。
原稿料の前払いはできません。
☆☆
エコール・ド・パリ、あの時代に惹かれる、と私。
みんなカフェでワイン飲んでただけだろ、とK。
いいじゃん、幸せじゃん、パリにいて自分の中からふつふつと湧き上がってくるもの、発酵していくものを仲間と話し合うのよ、ワイン飲みながら、最高じゃん。
ロストジェネレーション、ヘミングウェイと人民戦線、日本のヘミングウェイといわれた開高健、熱海の先生もライフスタイルは負けてないよ、あんなにスケール大きい日本人は私の知ってるなかであの先生だけ、太宰そのほか自滅の作家は嫌い。
自滅したのは開高だ。
そうかしら。
と、酔っているからお互い適当なことを言う。
それもまたいい。
☆☆
小説のテーマを明確にしろ、それができていないから、いろんなやつにいろんなこと言われるんだ、とK。
女流も一流の連中は社会的なこと書いているだろ、とK。
時評程度じゃないの。
おまえ書けるか。
良き編集者がサポートしてくれて、チェック機能も果たしてもらえれば、なんとかなるかな、でも墓穴掘りそうだからやめとく、仕事の打ち合わせでも、むずかしい話になると私は黙る、ボロを出しちゃいけないからね、○○社の編集さんなんか中央の法学部出身だから、出版状況を語りだすとすごいの、私理解しきれない、すみませんけどメモにしてあとでメール送ってくださいと言いたくなる。
K笑。
それをすべて理解して自分の意見が言える熱海の先生はすごい、あの年でよく、と感心する。
☆☆
小休止して横になる。
全身マッサージをしてあげる。
お尻が痛いのは治ったらしい。
あの痛みは、実家で座布団の上に寝ていたせいだったんだよ、とK。
☆☆
夏木マリに似ている、とK。
よくそう言われる、いやなんだ、と私。
加賀まりこかと思ったら。
私はそっちのほうがよかった。
☆☆
マッサージしながら気を送ったので疲れた。
Kは「勃○したから、こっちおいで」と呼ぶ。
すぐ応じる。
キス、濃厚に。
だんだん大人のセッ○スができるようになってきた感じ。
よけいなことは何も考えない。
Gス○ットもクリ○リスもどうでもいい。
今はキス、抱擁、フ○ラ。
今年はずいぶん目を合わせられるようになった、会話のときもセックスでも。
指でしてもらって、イ○サート。
見つめ合いながら、動く。
クリに当たるような体勢をとってくれる。
中に迎え入れ、締めて感じる。
バックでもした。
どこでどう終わったのかよく覚えていない。
酔っていたせいもある。
でもベロンベロンじゃない。
ちゃんと意識があるし、体で感じている。
「俺、いくと忘れちゃうんだ」と言うから、「じゃここでやめよう」と言い、私が途中で退いたかも。
窓のカーテンを開けたままなのでKは気にする、覗かれるぞと。
私は平気で、さんざんやった。
Kは気にしてカーテンを閉めに行った。
「50過ぎると、みんなだめだよ」と私が言うのを聞いて、Kはちょっとホッとしたかな、若い頃は男が勃ちすぎて、やるしかないからつらかった、でも今は、その逆。
K笑。
自分でクリ○リスを愛撫しながら正上位ですると、ぶっとぶ、最初はほんとに驚いた、自分でしなくてもいけたのは一度だけ、膣の奥に蝶々がいるみたいにもぞもぞして、それがパチンとはじけた。
あんたとのセッ○スであたしが一番感じたのは、高校のとき、正上位でしながらキスをして、「今日きれいだもんな」と言ってくれた、あんたのいく顔がすぐそばにあって、たまらなくよかった。
俺が一番よかったのは、あのビルの裏階段でしたとき、するっと入った。
でもごく短いセッ○スで、しかも別れ話をしたあとだったよ、あれがなんでそんなにいいのかわからない、さっぱりわからない。
あたしが自分でするとき、頭にあるのは男ではあんただけ。
とりあえず、ありがとうと言っておこう。
女はいろいろいるけど、男はあんた以外はだめ。
ふーん。
あ、ヨンジュンがいたわ、彼には濡れる、それから、男の人の厚い胸板に抱かれるととてつもなく安心感がある、嫌味もしくは皮肉ととらずにいてくれるといいけど。
☆☆
数時間眠った。
Kはもう起き出している。
ランプのもとで新聞読んでる。
老眼鏡。
ずいぶん年とっちゃったなあ。
でも美しい。
うらやましい。
だけど私のほうが身体は若い。
うん、とKも認める。
あんたは酒とタバコ、活性酸素でやられちゃったんだ、抗酸化力のある野菜果物たくさん食べなさい、私は食べたよ、昨日はパセリ、ぶどう、いちご、ねぎとろ巻きも。
そしてまた飲んだ。
きみ、タバコ吸いすぎだよ、人のこと言えないけど、とこれはKが言った。
私も時々、Kを「きみ」と呼ぶ。
そう呼んでもKは怒らない。
おまえ、てめえ、と言われても平気なんだって。
☆☆
Kは新聞を読みながら話しかけてくる。「寝言だと思って聞いて」と。
国家の品格についての言論が新聞に載っていたらしい。
これに私は、「フランスが掲げる自由・平等・博愛のコンセプトこそ国家の品格。日本には福沢先生の学問のすすめがあるじゃないか」と応じた。
国家の品格という本がなぜ売れる?
品格がないから。
Kは、ほかにも随分話しかけてきたなあ。
私は横になったまま応じていた。
「いっぱい話しちゃって、ごめんね。ふだん話し相手がいないから」とK。
☆☆
Kは私の隣のベッドに移り、また話しかけてきた。
「射○したい」って。
撮影?
私はよく聞こえなかったふりをしていたら、Kが傍らに来た。
ここからのセ○クスが「成熟系」という感じだった。
Kのアレを指でして、フ○ラ、イン○ート。
見つめ合って動いて。
上になられるとさすがに濡れすぎて、声も出て。
あいつピストン運動に疲れたと言って長続きしなかったけど。
刺激が強すぎていけないんだと。
だけど私がすごく感じていたのわかる?
わかるよ、発汗してたから。
(妙に冷静な観察眼だわ)
途中で勃起がとけてきた、いけないのは身体によくない、とK。
じゃ自分でして、と私。
自分でするのも、近頃は、毎日なんかしないよね、と私。
週に1度ぐらいかな、実家で規則正しい生活、よく食べて、夜は暇だから、も少しするようになったか、とK。
私も忙しいと10日くらいは忘れてる。
俺の手淫は爪にマニキュアしたりして工夫がある。
それは変態でしょ、多型倒錯でしょ。
K笑。
とにかく自分でして、そうすればいける。
Kを手伝ったけど、なかなかいかないから、私は自分のベッドに戻った。
でも、「受け止めろ」というから、また戻った。
Kは必死にしてたけど、結局いけなかった。
その姿を見せてもらえた。
いけない、これはこれでつらいんだよ。
そのつらさ、女の私にもなんとなくわかる。
あたしの中に、口の中でもいいけど、全部ぶちまけたいと思わない?
若い頃ならな。
☆☆
私に必要な編集者は社会科学に強い人、もちろん文芸に強いことが第一だけど、あんたにも地理学に強い編集者がついてくれるといいね、美人だったらなお嬉しいでしょ。
いや、ブスのほうがいい。
☆☆
トイレにいたら、Kに大声で呼ばれた。
わかった、発見した、と。
なにかと思ったら、「俺がいけないのは、おまえがきれいすぎるからだ。きれいな女は汚せない。ブスだと平気で汚せる」だと。
だから私が言ったでしょ、あまりに好きな相手だといけないのよって、だから「パリの夕焼ショー」を書くんだって、それからね、あたしがきれいだからいけないというのは一面の真実、もう一面の真実は年のせい。
☆☆
俺はもう10年ぐらいセ○クスでいってない、してもいけない、タイの中年おばはんとしたときはいけたか、女房とはずっとセ○クスレス。
☆☆
文学の話とか、おもしろい話のできる相手がいないから、ごめんね、つい話しすぎちゃって、とK。
俺、子供の頃から一人で何かやってるのが好きだった。
読書、絵を描くこと、プラモデル。
社会性あまりないから、人とつきあえない。
あんたのそういうとこ、全部知ってる。
☆☆
映画の仕事をはじめてからずっとつけてる日記が、もう70冊になった、まとめて家に置いてある。
それ私にちょうだい、原稿も全部ちょうだい、何を考えていたのか知りたいから、じっくり読む。
↑本当は私のことがどうかたくさん書いてありますようにという気持ち。
「死ぬまえにちゃんと私に送っておかないと、捨てられちゃうよ」と言ったら、Kはしばし本気でどうしようかと考えていたみたい。
☆☆
タイガーバームで膝、太もも、そけい部をマッサージしてあげた。
Kが痛がるから。
☆☆
Kはコンビニで新聞、コーヒー、酒を買ってきた。
もう飲まないで。
いいだろ、もう勃たなくたって。
そういう意味じゃなくて。
心配してくれてるんだよな。
☆☆
シャワー浴びたい。
一人で湯灌しておいで。
素直にいうこと聞いた。
顔をごしごしこすって脂抜きしたとかで、赤く腫れていた。
脂抜き、女の人はこういうときコールドクリームとか使うんだろ?
そうよ、手でこするなんて、そんな荒っぽい真似はしませんよ。
☆☆
Kはシャワーのあと、椅子でウトウトしていた。
あたしもベッドで少しウトウト。
チェックアウトまでまだ時間があるけど、Kを早く帰して休ませたい。
私は支度を始めた。
Kも帰り支度に取りかかる。
最後まで身だしなみをきちんとしよう、鼻毛切ってくる、女と一晩過ごして鼻毛切るのは、これがはじめて、とK。

9時半チェックアウト。
桜木町地下通路で朝ごはん、と思ったけど、どこもまだ準備中。
日ノ出町駅に向かって歩く。
組んだ腕が汗まみれになって、ほどかれる。
「下も濡れてると思うけど」とKは言う。
民家の軒下に女の下着が干してある。
あんた、ああいうのを見るのが好きね、ブ○ジャーは白のレースがいいんだっけ? 私は胸をつくったときピンクのブラとパ○ティと、おそろいのスリップをオーダーメイドしたけど使う機会がない。
はは、勝負下着なんて出番がないさ。
☆☆
Kは私と一緒に京急に乗る気になった。
横断歩道を渡るとき、自然と手をつないだ。
「手をつないで歩くなんて」とKは苦笑していた。
☆☆
スト○ップ劇場の看板、見て見て、あら、わりと若くてきれいな子ばっかりじゃない。
だからつまんないんだ、俺はだめ、一条ゆかりはもういない。
☆☆
駅前のラーメン屋でまた日本酒、温泉たまご、豚しょうが焼き。
私はねぎラーメン。
「おまえのも一口」と言うから、ほとんどKにあげる。
☆☆
日ノ出町の駅舎は私が子供の頃から変わっていない、どうしてだろ。
汚ねえ町。
うん、でも好き。
俺は小学校にあがる前、この国道を通って川崎から横須賀へ引っ越したことを覚えてる。
☆☆
河野典生 狂熱のデュエット。高城剛。ナマコの眼。上海独酌。とKが紙に書く。
なにそれ?
こういう本があったら読んでみな、だけど怒るなよ。
とKは、おすすめ本を次々とメモして悦に入ってる。
(松平盟子。斉藤綾。福島泰樹。が追加された)
河野典生 狂熱のデュエットを読んでみたいよ。
おまえは横浜のこと書く男が好きなだけじゃないか。
☆☆
若○くんとの友情は、同じ女の子を好きになって、と言えば誰のことかわかるよな、とK。
「わかる。あたしでしょ?」と、とぼけてやった。
でも多少は真実でもあろう。
そんなことよりも、め○ちゃん、○代とはどうだったのか知りたいが、ほじくり返すのはやめておこう。
☆☆
明日から2ヶ月、私は自分の作品を書く。
仕事しながら書くから大変だ。
読書などしていられない。
落語も聞いていられない。
あんたとこれだけ遊んだから、当分誰とも遊ばない。
出かけない。
誰にも邪魔されたくない。
構想を練って筋立てして、構成を考えて章立てして。
スーチンの絵、ジョージ・オーウェルの「パリ・ロンドンどん底生活」をお守りにしよう。
☆☆
話せる相手がいなくてつまらない、とK。
私だっていないよ。
ウーちゃんは?
うん、でもこんなにしゃべらない、「ドブ板トランジット」のときはウーちゃんに話を聞いてもらった、「町に外人がいっぱいいると面白いよね」って。
人に話すと考えがまとまるよな。
ふだんウーちゃんには、「発見発見」とか言って文学のこと聞いてもらう、電話で30分くらい、だけどあいつはパソコン使えないから私の原稿まだ読んでない。
めずらしい、そういう人もいるんだ、どこかで止まっちゃってるんだな、とK。
☆☆
おまえがムキになって話すから疲れた。
そういえば、以前は一緒にいると笑いっぱなしだったのに、私が小説書くようになってからは笑いが減った。
うそつけ、おまえとはいつも闘争だったよ、とK。
☆☆
私、外でタバコ吸ってくる。
おまえ、お尻に汗かいてる。
目ざとい。
ヒップにワンピースがくっついてたのよね。
このワンピース姿、ラインがいいと誉めてくれたね。
☆☆
娘も妹も誰も連絡してこない、俺が死んじゃわないか心配じゃないのかね、身内はみんなだめ、おまえだけだよ。
Kは、帰るのがつらそう。
老母の面倒みるのは大変だもんね。
つきあってくれてありがとう、とK。
あんたは一人で三浦に1泊するつもりだったのに、最後まで追いかけちゃっていけなかったかしら。
いや、いいんじゃない。
☆☆
日ノ出町、黄金町、南太田、井土ヶ谷。
隣に座ったKが握手を求めてきた。
See YOU。
そ、またいつかね。
去年と今年は七夕みたいなものだな。
でもあんた、次にあたしと泊まるのは10年先でいいって言ったんだよ。
だけどおまえ、ちょっと喫茶店で会って話して済むようなものじゃないだろ。
と、これは2日前にホテルで聞いた言葉。
☆☆
おかあさんによろしくね。おみやげに、ぶどう持たせたし。
よろしくと言っても、わからないよ、もう何もわからない、悲しいね。
☆☆
しばらくメールしないから、とK。
うん私も、こもるから。
☆☆
私は電車を降りる寸前まで、何度も振り返ってKの顔を見た。
やさしく微笑んで、小さく手を振った。
Kも私を見て、うなずいていた。

帰宅後しばらく休んだのち、Kが私のために歌ってくれた『セクシィ』、下田逸郎のオリジナル版をYouTubeで聴く。
何度も聴いてすっかり覚えてしまい、私はシャンソン調に歌ってみる。
Kへの恋心がつのる。
恋は5年もすれば冷めるのに、どうして40年も続いたのだろう。
☆☆
「K流水人家」を読む。
よく書けている。
もっと良くする編集方法はあるのだろうけど、それはまた別の話。
私にはとてもできない社会派の大きな仕事ができる人。
地理学の学者になればよかったと自分でも言っていたけど、これから大学院にでも行くか。
できるものなら行かせてやりたいが。
そう思う反面、私がKに校正の資格をとることを勧めたのは、老後の保険も必要だからよ。
実は私、あなたを尊敬しているし、自慢に思っているよ。
Kは自分の視点を持っている。
自分の頭で考えることができる。
そして頑固。
16のときから同じこと言っているのだから、この先もたぶんずっと変わらないでしょう。
Kは「MOVE YOKOSUKA」誌を今もちゃんととってあるという。
頑固だ。
やりたくないことは断じてやらない。
だったら書くしかない。
あなたなら書ける。
自分の世界を書いてほしい。
この40年間に、もっと書いておけばよかったのに。
習作があれば、そこに今の円熟の腕を加えることができる。
でもまあ、映画の仕事に夢中だったのだから仕方ないか。
K自身、「リライトなんかしなくたって何度でもはじめから書きゃいいんだ」と言うのだから、そういうことにしておきましょう。
あとは、どれくらい生きてくれるか、だよね。
そんなに生きたくねえよ。
だめ、生きて。
せっかくまた仲良くなれたのだから、このままずっと。