【2011 September】
2011.9.26
●T子──気分どう?
元気でやっているよね?
私はまた小説書き出しました。
全体像の3分の1弱、4分の1強まで進んだかな。
10月いっぱいかければ、なんとかなると思う。
☆☆
あなたが私に「結婚紫陽花」と言ってくれただけで目出度い。
「紫陽花」という言葉を使ったのは、これがはじめてじゃないよね。
あなた高校のときも同じこと言ったのを、覚えているかしら。
私は天にも昇る心地。
舞い上がる心を必死に抑え、執筆に向かう。
だけどやっぱり祝杯あげたい気分。
今度の週末、どこか行く?
本気にすんなよ、なんて言わないでしょうね?
結婚に至らなくてもいいのよ。
私自身、生涯の恋人と決められただけで素晴らしい。
…………………………
(T子記す)
なぜ返信くれない?
なぜこんな冷や水浴びせるようなことをする?
あいつが何を考えているのか、さっぱりわからない。
どういう精神状態なのだろう。
何かあったのではないか、病気しているのではないかと心配にもなる。
それとも携帯料金未払いにつき不通なのか。
お金渡したからそんなはずはないし、不通になるにしても時期が違うだろう。
ならば、なぜ?
…………………………
●K君──トランジット
読んだ。
気になるところ、赤字にした。
空気感はよし。
円ドルからの入りは良い。
三人称に一人称が混ざるのが、気になる。
副詞、擬態語、畳句気になります。
大風呂敷親父のエピソードは、事実であっても、はまっているか?
効果的か?
サイパンは、説明でなく、ヨコスカの一方の象徴のように、できるか。
クリスマス。
オメガに入ってくるビッコで片目のサンタクロース。
靴磨きの道具を抱えている。
…………………………
●T子──朱筆入れ、確認しました。
三田文学編集長の削除指示とかなり重なる。
あなたはリライトもしてくれるの?
じゃないと、何がどういけないのか理解できない。
削ってほしくない箇所もある。
三人称に一人称が混ざる?どこ?
☆☆
>副詞、擬態語、畳句気になります。
↑削除可
☆☆
>大風呂敷親父のエピソードは、
↑大学進学のモチベーション。
☆☆
>サイパンは、説明でなく、ヨコスカの一方の象徴のように、できるか。
↑そのように描きたい。事実のまま、つくらずに、でも説明的でなく、が理想。この原稿でも、かなり男性に好評。
☆☆
>クリスマス。オメガに入ってくるビッコで片目のサンタクロース。靴磨きの道具を抱えている。
↑ディケンズの貧乏ファンタジー説教小説みたいにならないといいけど。
…………………………
●T子──いつも大変お世話になっております。
やっぱり自分でリライトした。
言うこときかなかった箇所は多々あるけど。
(Kが朱筆入れしてくれたデータを誤って削除、紛失してしまった)
…………………………
●T子──ドブ板で起きる「事件」とは、サイパンとセーラーに動いてもらえばいいのか!
それしかない、でしょ。
…………………………
●K君──サイパンの靴磨き道具箱に「ピストル」が入っていたら?!
旧日本軍の?
米兵から貰ったもの?
フェイク!
フェイクだとしよう。
或いは、もはや錆びて使用できない「それ」だ。
それに、若いセーラー、GIは降参した。
そのあと、MPでも来るか。
「メリークリスマス」と言って。
…………………………
●T子──すごく良いと思う。
まずはサイパンと、あるセーラーとの喧嘩があって、確執が続く。
男ふたりのフラストレーション高まるだけ高まり、とうとうサイパンは銃を出す。
店の連中も多大な迷惑を被る。
MPだけじゃなく日本の警察も来るからね。
サイパンの登場は、もっと前のほうに移動する必要ありますね。
よろしく。
…………………………
●K君──でもフェイク。
ベトナムをやってても、後方支援もいる。
気が弱い田舎のお兄ちゃんもいた。
店にいたそれぞれのリアクション。
サイパンのコンフェス。
長い啖呵。
またリアクション。
そのリアクションを感じるT子。
ここで「ヨコスカのアイデンティティー」、そして「トランジット」が一致する。
☆☆
クリスマス駄目?
そのお兄ちゃんが、ディープサウスのカントリーから届いたクリスマスカードを持って来る。
でもサイパンは唾で磨かない。
心をこめるが、曲解してしまうんだ。
T子は傍観者。
しかし、ことが終わり、追いかけて、南部のお兄ちゃんにキスするのだ。
そのキスの意味は、トランジットの終了を。
☆☆
T子さんの拘りを思う。
ひとつ抜ければ楽になると思う。
業。
「けり」とも思う。
頑張れ。
サジェションは、出来る限り。
…………………………
●T子──
>でもフェイク。
↑結局はフェイクだったけど、店の誰かが警察を呼ぶ。
当然でしょ。
賭けポーカー、未成年、マリファナ、売春、と警察に突っ込まれることいっばいあるのに、でも呼んじゃった。
☆☆
>ベトナムをやってても、後方支援もいる。
>気が弱い田舎のお兄ちゃんもいた。
↑そういうやつらも傍観というか、その場にいる。
弱くても男、軍人。
☆☆
>店にいたそれぞれのリアクション。
↑映画的。でも小説。そこが面白い。
☆☆
>サイパンのコンフェス。長い啖呵。
↑これに期待します。
☆☆
>またリアクション。
>そのリアクションを感じるT子。
↑T子怖がるけど、冷静に記憶にインプット。
その場では、意味づけなどできないだろうと思う。
☆☆
>ここで「ヨコスカのアイデンティティー」、そして「トランジット」が一致する。
↑横須賀のみならず、日本とアメリカ。
「一度やったろか?やっちまった!」の痛快なカタルシス。
擬似だけど。
☆☆
>クリスマス駄目?
↑必然性が感じられない。
☆☆
>そのお兄ちゃんが、ディープサウスのカントリーからきたクリスマスカードを持って来る。
>でもサイパンは唾で磨かない。
↑唾で磨いてた、本当に。
それ、削除しちゃ駄目。
サイパンは復讐してたんだから。
☆☆
>心をこめるが、曲解してしまうんだ。
>T子は傍観者。
>しかし、ことが終わり、追いかけて、南部のお兄ちゃんにキスするのだ。
↑私はデービットにしかキスしたくない。
☆☆
>そのキスの意味は、トランジットの終了を。
↑どういう意味?
☆☆
>T子さんの拘りを思う。ひとつ抜ければ楽になると思う。業。「けり」とも思う。
↑私のこだわりは、加筆部分については特にありません。
☆☆
>頑張れ。サジェションは、出来る限り。
↑って、あなたが加筆するんじゃないの?
私は銃だの警察だのは、書けないよ。
もう一度言うが、あなたが加筆するんじゃないの?
私は銃だの警察だのは、書けないよ。
加筆について、私のほうこそサジェスチョンしているつもりでいたが?
…………………………
●K君──そんなもの、いつでも書ける。
大薮春彦やゴルゴ13書くわけじゃない。
ほんのちょっと。
T子ワールドを破壊してはいけないのだ。
…………………………
●T子──だったら、いずれ私が加筆する。
今は別のを書いてるから。
…………………………
●K君──サイバン啖呵は、あなたが自分で書いた説明。
本人にしゃべらせろ。
銃もポリスも基本的に要らない。
ダニーが「いい加減」な応対、と解説すればよい。
☆☆
最後のパラグラフのテーマは「セラヴィ」。
トランジットはセラヴィだ。
しかし、これは「解説」か「あとがき」だ。
これを本編で展開しなければ。
☆☆
靴磨きの箱から日本軍の手榴弾を取り出す場面を書いたことがある。
結果不発。
陽の目をみていないから、書いていい。
75年の話。
…………………………
●T子──
>陽の目をみていないから、書いていい。
↑その原稿を私に譲るから使っていいということですか?
(そういう意味ではなかったと後に判明。それならいい、それでいい)
…………………………
(電話あり。長々と話す)
(T子記す)
仕事の原稿ならともかく、小説の合作は無理みたい。
打合せの段階から、互いのイメージの違いに気づいた。
私には書けない箇所を数行補完して、というくらいならオッケーだけど。
と私は言った。
あなたは何を書くの?
何も書かない、それが文学、文学は仕事じゃない、とK。
☆☆
そしてKは、いろいろと言う。
冒頭から音楽を書き入れろ。
ドル40渡すと聖徳太子1枚つかませてくれる、両替わかりやすくするためのレートだったということを書け。
フェイク・嘘を書け。
俺たちはフィクションをやろうとしているんだ。
私はこう返した。
私小説を書くつもりはない、でも実話に基づくストーリーでないと新人は書きづらい、人物が勝手に動き出すのは、今ようやくその感覚がつかめてきたところ、と。
女のほうが嘘はうまいからな、とK。
男の作家だって、人物が勝手に動き出すと言ってるよ。
俺、動き出さない。
☆☆
再び、Kはいろいろと言う。
最後にとってつけたような結末だが、あれが一番きれいなところ、セ・ラ・ヴィ。
生まれて生きて死んでいく。
エッセンスは旅。
人生そのものがトランジット。
そうした普遍性を獲得している。
それが文学の条件。
☆☆
ただし、ドブ板のトランジットを描かなければ意味がない、普遍性にしてはダメ、とK。
ドブ板の魔法、中華街の魔法、それぞれ違うが、描ききると普遍性が見えてくるんじゃない? と私。
☆☆
小説の中にルポルタージュの要素あってしかるべきだが、壮大な嘘の仕掛けがないとつまらない、とK。
☆☆
サイパンの描写は男性に好評で、一番よく描けていると言われる、ドブ板のみんなが「もっとやれ、やれと言ってるみたいで面白い」と言ってもらえたよ、と私。
親米感情も反米感情もある、と私。
それでは矛盾する、ドブ板はアナーキーな解放区としなければ、とK。
私の理想もインターナショナル、だから混ざってしまえと書いた、でもそれは理想論、人間は一枚岩ではない、そのことは当時、子供心にもわかった。
☆☆
Kが言う。
中国の大風呂敷のシーンが邪魔、あれは大学進学のきっかけとおまえは言い、現実には意味があったが、そのまま書いてもつまらない、俺も一応プロデューサーだから、そういうことはつねに考えている。
では削除します、と即断しない、どうすれば良いのか考える、あれは少女成長小説でもあるから。
あのシークエンスについて、三田ではどう言っている?
大学へ行きたいという話なのだから歓迎してるみたいよ、削除したほうがいいなんて言われなかった、言われたのはとにかく文章を刈り込むこと、削って削ってミニマムに、そこまで書かなくてもいいよということ、だけど、頭のいい人にはそれで通じるだろうけど、私は幅広い読者層にきちんと伝わるように書き込むくせがついてるから、それに、あっさりと書いて本当に伝わるかどうかあやしいから。
☆☆
あなたと話さなければ、何を加筆すべきか、ここまで到達できなかった。
俺は誰とも相談しない。
話してアイディア引き出すために編集者がいるのに。
そんなの相手にしない。
聞く耳もたないのね、頑なだね、私は本当の自信があるから、これで自分がもっと良くなると思えば、素直に聞き入れる、昔よりも素直になった。
おまえは昔から素直だよ。
三田でさんざんしぼられて削らされた、でも、「もっと読みたい」と言ってくれる人もいた、だから一波乱あったことを加筆する気になった、削るよりも加筆のほうがしやすい。
☆☆
おねえちゃんたちの会話をもっと書け、とK。
時間をかければ熟成する、もっといいものにすることができる、とK。
おまえの書くものよりも俺のほうが世界が広い、世界に通じている、とK。
それはわかってる、私には書けないって言ってるでしょ、「片側2車線、国道16号線」という書き方だって弟に教えてもらった、車のこと書くときも、「G感覚って何?」と教わりながら書いてる。
そんなの書くな、書かなくていい。
…………………………
●T子──
GI=Goverment Issue 官給品。
官給物資が豊富な米軍人をうらやんで、他国の軍人がそう呼んだ。
☆☆
さっき言い忘れたこと。
目黒の社長は「ドブ板トランジット」を読み、こう言った。
古いシネマの世界に入ったようでした。
☆☆
あれが売れたら、あなたが映画にしてね。
飲みすぎたようだけど、身体大丈夫?
…………………………
●K君──おはよう。

(午後7時、電話あり、1時間ほど話す)
(T子記す)
Kは家にいられないらしい。
映画を観たようで、「T子はジョニー・デップにそっくりだ」と言われる。
私は、「眼鏡をかけると女ヨン様みたいだ」と母に言われるよ。
ヨン様に似ているのはやっぱり俺、ふっくらしているときは似ていた、今は痩せちゃってだめだけど、とK。
☆☆
(つい今しがたオファーのあったライトノベル校正リライトの仕事をまわす件、Kの了承をとりつける)
☆☆
1975年の横須賀年を描く小説のことを、あれこれ話す。
ドブ板トランジットについて、加筆のみならず、改良すべき点をまたもいろいろ指摘される。
でも今は私、横浜を描く小説「スクランブル」が佳境なので、そちらに集中する。
☆☆
おまえのとらえる中華街と、中国人にとっての中華街は異なる。
彼らは無国籍というテーマを抱えて生きている。
横須賀ドブ板にいた我々が感じていたことと同じテーマ。
☆☆
私のとらえる中華街と、中国人にとっての中華街が異なるのは当たり前。
中華街の顔は1つじゃない。
私にとって中華街の魅力は雑居性。
☆☆
おまえ、このあと何を書くんだ、とK。
テーマのストックはない、と私。
そして、こう言った。
次のテーマは自然と見つかるはず。
とりあえず、「パリの夕焼ショー」を書くつもり。
横須賀・橫浜のことは1作ずつ書いておけば、しばらくはいい。
書いても何度となく改良せねばならないのだから時間がかかる。
あなたのことはまだ書けない。
☆☆
ベトナム、戦争、社会、世界をどうとらえるかという視点、認識不足を指摘されるだろう、とK。
それをどう糊塗するかだ、とK。
そんなの知らない。
書けないものは書けない。
無理したくない。
☆☆
そこでKが言う。
サイパンとセーラーの出来事を加筆すれば社会性が増す。
構成も複雑になる。
日本とアメリカの関係を象徴的に描ける。
サイパンが象徴するものは、サイパンを棄てた日本だ。
サイパンを美しく描け。
汚れていても超絶した孤高の人として描け。
自分の考えを解説するな。
台詞で書け。
人物に語らせろ。
おまえにとっての大きなテーマ、セ・ラ・ヴィはわかる、
それがもっと活きるように、テクニックを使え。
そしてKは笑って言う。
Tちゃんの原稿直すのはおっかなびっくりよ、思いきって削っちゃおうかなと思ったけど、赤字にする程度にとどめておいた。
でもあの当時の横須賀とおまえのことを知ってるのは俺しかいないから。
私はこう答えた。
そう、誰よりも的確な提言をたくさんしてくれたと思っている。
あなたも自分の75年横須賀を書きなさいよ。
書けるよ。
ほかに書ける人いないんだし。
そうだよな、とK。
☆☆
その他諸々、小説のことをたくさん話したが、書ききれない。
Kはジョニー・デップを見て私と話したくなったのだろうけど、1時間の会話で少しは心が満たされただろうか。
家にいなさい。
飲み過ぎないで、書き出しなさい。
…………………………

●K君──伽
…………………………
●T子──話? 話し相手?
早くおうち帰って、もう飲まずに寝なさい。
私、夜は書かないの。
聞いてほしいことがあるなら、メールでおしゃべりしてもいいよ。
あなたが、そんなにつらいのは、家族とうまくいっていないからではないかしら?
あなたが逃げるから、家族のみなさん気分を悪くするのよ、きっと。
だから、できるだけ家にいて、家族に顔みせていたほうがいいと思うよ。
…………………………
●K君──痛い
んだけど、飲んでる。
…………………………
●T子──飲めて良かったね!
スクランブル、半分超えた。
在日と出稼ぎの書き分けができていないと言われたけど、どう書き分ければいいの?
…………………………
●K君──在日は経営者。
…………………………
●T子──在日は資本家で、出稼ぎは労働者ということ?
在日に経営者体質が多いというのはわかる。
でも労働者の在日もいるわけで。
出稼ぎは、ウォンよりも強い円を求めてやってくる。
在日にとっての円はそれほど強くない。
だけど在日は、出稼ぎの前では、強い円をたくさん持ってる強者ともなる。
☆☆
どこが痛いの? 膝? 胃?
飲みすぎで胃が痛いなら大変よ。
…………………………
●K君──たくましく生きてる、スクランブルの、「人」。
…………………………
●T子──元気ないみたい。大丈夫なの?
…………………………
●K君──大丈夫。99999
…………………………
(T子から電話した)
(T子記す)
どうしたの?とK。
そちらこそどうしたのよ? 元気ないみたい、と私。
大丈夫、一言的確に返しているんだからそれでいい。
家に帰れない、いられない、女房とはあれ以来一言も口きいてない、仕事しないのかと明日あたり言われそう、とK。
あなたが逃げるからいけない。
逃げてるな。
校正リライトの仕事が入ったと言えばいい、事実なのだから、なんなら講○社の封筒に一式入れて送ってあげようか? 映画の仕事はどうなの? 連絡とってるの?
石井さんのがはじまりそうだが、予算がなくてだめ、できない、やっても借りてるぶん返すだけになる。
娘さんたちは普通に接してくれるんでしょ。
普通だよ。
だったらそばにいてあげればいいのに。
いや娘たちも同じだろうな、思ってることは。
☆☆
おまえ本当に金にシビア、トランジットもスクランブルもなんでも金で語ろうとする、いやんなった、とK。
金との関係から見えてくるものがあるから、と私。
そうじゃないだろう、もっと別の視点を持たないと、もうそろそろきちんと社会性を持て、世界認識がないと書いていけないぞ。
問題意識を持てということね。
当然でしょう。
(と突き放すように言われて、つらかった)
我が事としての問題意識はフェミニズム、それ以外のことは本当の問題意識とすることができない、と私。
書く人にそう言われちゃうと愕然とする、とK。
じゃあなたの問題意識、その主題は何なのよ?
生きるということ、人生。
そんなの当たり前、私だって考えている、なぜ戦争がなくならないか、核の問題、計画経済は不可能なのか、と考えている。
ばらばら、ちゃんと新聞を読め、俺なんか仕事もしないで五紙読んでる、読んで泣いたり怒ったり、おまえにこの記事を送ってやろうかなと思うことがある、実はな、でもそんなことしたら失礼だなと、面倒だなと思ってやらないが。
☆☆
中華街の描き方も、おまえはドブ板と同じようにしか描けない、それじゃだめだ、とK。
中華街には様々な立場の人がいる、『無国籍』を読み出してわかってきた、外省人、本省人も知った、大陸系、台湾、香港。
だけどそんなこと、おまえは自分にまったく関係ないと思ってるだろ。
私にとっての中華街は雑居性。
それはそうだけど、ほかにもあるんじゃないかなあ、日本人は孫文を応援してかくまってきた、日本は台湾も朝鮮も統治してきた、植民地、だからあそこは日本だよ、右翼がやってた。
軍が統治していた、台湾、ソウルに日本があることは私も行って知っている。
日本そのものだ、俺はすっかり馴染んだ。
☆☆
私はこう思っている。
中華街では、我々日本人が中国の政治に言及することはタブーとされていた。
中華人民共和国と中華民国、それぞれを支持する人々の対立があり複雑であるから。
『無国籍』に描かれているあの時代を経て、現在は対立も混乱もやや落ち着き、気楽に話せるようになったのかもしれない。
先日、作者実家の店を訪問の際にそう感じた。
あと、在日朝鮮人と接して感じたのだけど、市井の人々はそれほど北だの南だのと考えていないようだった。
そんなに政治意識があるわけではなさそう。
意識が高い人はたくさんいる、帰化した人と在日では意味が違う、帰化していなくても在日は日本人、日本語でものを考えている人は日本人ということ、とK。
日本で生まれた在日は別として、母国から連れてこられた一世には日本語を話せない人もいる、二世、三世はバイリンガルが多い、と私。
そういうことも、おまえにはどうでもいいことだろ、とK。
そんなことない、友達が帰化しようか否かと悩んでいた、と私。
今おまえに足りないものは社会性。
わかっている、昔からそれが足りない、だから社会科学に強い男を求めていた。
無理して書かないほうがいいかもな。
そうよ、だから言ってるじゃない、書けることだけ書くって、わかりもしないことを書いても意味がない。
(と結論出ているのに、Kは蒸し返すからイヤ)
ドル円の出だしはいいが、あそこに1行、ドル70から80の今を書け、そうすれば時代の流れが伝わる、そして、セ・ラ・ヴィと冒頭に書け、とK。
そんなことしても読者にわかってもらえない。
そもそも、わかるやつなんていないんだ。
☆☆
病院に行ってみたらいいのに。
入院になっちゃうだろう。
それなら入院すればいい、あなたは私よりも体力あるし丈夫、だけど無茶している、今はなんとかもってるけど、いつかガタッとくるのじゃないかと心配している。
ありがとう。
せっかくいいもの持ってるのに無駄にしている、身体も、時間も。
時間なら、Tちゃんのコーチすることに使っている。
それは有効利用だけど。
わかった、もういい、大丈夫だから。
☆☆
そう言って切った。
25分ほどの会話であった。
あまり楽しめなかった。
Kが楽しそうじゃないので、私ものらない。
恋愛の熱情が遠のき、婚約が白けてきた。
自分でしても、ぶっとべなくなった。
すごかったのに。
☆☆
私の社会・世界認識、問題意識が低い、とKに落胆されたことがつらい。
K君だってそれほど強いわけじゃなかろうに、9・11で世界は激変したというなら、どう激変したか語ってよ、自分の世界はどう変わったのよ、きちんとまとめきれていないくせに、いつも上からものを言われて、プレッシャーかけられ、嫌われてしまうのじゃなかろうかと不安にさせられる。
でもまあ、せめてパソコンで新聞チェックするようにしよう。
そして、しばらくは私、あいつに冷淡に接してやる。
歴史観、世界観、問題意識、哲学が必要。
イデオロギーや主義は要らないと私は思う。
K君、ひとり遊びや、ひとりよがりはもう卒業したほうがいいと思うよ。
書くことは投企、実存主義の実践だよ。
書くことは自分と向き合うこと。
自分との闘いに勝たないと書き出せない。
そういうものだと私は実感している。
…………………………
(弟に相談)
私が書くものについて、Kが何かとコーチしてくれるのはありがたいのだが、私の救い難い社会オンチを批判され、プレッシャーをかけられて、つらい。
何か一言、男をおとなしくさせる言葉はないだろうか。
…………………………
(弟のアドバイス)
一言を思いつかないということもあるが、言葉でやりこめることはやめといたほうがいい。男はものすごく傷つく。
「いやんなっちゃうな」と言われても、男の言うことを真に受けず、スルーせよ。
嫌われるんじゃないかと不安になると言うが、気にせずに言わせておけ。
男が態度を変えても大丈夫。
どうせ演技だから。
社会オンチというのは本当だよ。
一般的社会人の平均レベルより低い。
だけど作家はすべてをわかっていないといけないわけでもない。
自分に書けることを書く、という姿勢でいいと思う。
勉強しろ、問題意識を持てというのは正しい。
…………………………
(T子記す)
弟の意見を聞いて安心した。
アドバイス効いた。
ありがとう。
今後ともよろしく。
…………………………
ただ、Kの場合はほんとに落胆し失望し、「つまんなくなっちゃった」と心変わりしそうで怖い。
つまらない女だ、と飽きられることが怖い。
そう言うとウーちゃんは、「大丈夫だよ、もっと自信を持て」と励ましてくれた。K君にはT子しかいない、すっかり頼りにしているんだから、と。
T子は美人だし、仕事もちゃんとやってる、それにひきかえ俺は……と男としてやりきれなくなったのかもしれない。
だから八つ当たりみたいに威張ることもあるんだよ、とウーチャンは慰めてくれた。
前向きに受け止めよう。
勉強しろ。
問題意識を持て。