【2011 October】
●T子──ライトノベル校正リライト
一式送りました。
明日午前中着。
校正校閲は赤字で、リライトは鉛筆で、と指示を書きましたが、やはり全てを鉛筆にして下さい。
…………………………
●T子──ライトノベル校正リライト
さっそく着手されたでしょうか。
順調にいきそう?
…………………………
(Kからの電話着信履歴あったが、いったん無視)
…………………………
●T子──群像
昨年の評論部門受賞作は俳句がテーマで、わかりやすく、また面白かった。
あなたの倭歌本質論を、出してみればいいのに。
荒削りなところがあっても、オリジナリティが評価される可能性あり、と思います。
…………………………
●K君──いろいろサンクス。
明日メールする。
…………………………
●K君──理解不能。
ライトノベルの原稿、読んだらリライトできないな。
読まない。
…………………………
●T子──ラノベ校正リライトは、お仕事ですから、よろしくお願いします。
先方に原稿を戻す際に、参考図書も一緒に送っちゃって下さい。

●T子──スクランブル
中国の「彼」と婚約したので、国際結婚について調べる場面を書くことになりました。
『無国籍』、参考になります。
ネットでもいろいろ検索。
「彼」は香港返還後はイギリス国籍から人民共和国の国籍に書き換えるわけだが、日本人と外国人が結婚した場合、同一の所帯を持ったことを証明する書類が日本にはない。
ちゃんとするには、えらく面倒な手続きが要る。
イギリス、中国と、2度も面倒。
おまえと結婚して日本人になっちゃえば簡単なんだけどな。
あなたに日本国籍あげるから500万よこせと言ったらどうする。
ばか、それじゃおまえ、結婚詐欺じゃないか。
↑という話になって、その後、結婚詐欺にあったのは私のほうだったということになる。
結婚詐欺じゃなくて偽装結婚でした。
でも結婚詐欺にあうのは「彼」じゃなくて私。
…………………………
●K君──理解できた。
ナルニア国物語だ。
…………………………
●T子──ナルニア国物語、大好き!
子供時代からの愛読書!
それとこれとどういう関係があるのよ?
あ、リライト中のラノベのことか。
お仕事がんばってください。
☆☆
請求書を出す際にタイトルを書かないと。
なんていうやつだっけ?
…………………………
●K君──タンスからワープするのは、何だっけ?
…………………………
●T子──ナルニア国物語の第1章
(映画になったのは、という意味だけど)
ライオンと魔女
☆☆
リライト中の原稿のタイトル、教えて。
…………………………
●K君──明日中には、1回目の校正は終わるだろう。
どこまで直せばよいのか。
直さないほうがよいのか。
「けど」「でも」の接続詞。(これは直す)
人称がまたがる長い文体。(短くしてよいのか。直してない)
「何かよくわからないが・・・」などの言い回し。(これは全部削除)
さらに「がしがし」ほかの若者擬態語。(そのまま)
☆☆
だれかさんの文章を読んでいるような感じもあるけれど。
☆☆
ワープロPCの「威力」は思い知らされるが、「正書法」のない日本語にも気づかされる。
読めてしまうのだから。
正しい日本語、美しい日本語。
を目指すが、それは「がしがし」に活きている日本語なのか。
☆☆
『満州裏史』講談社文庫に、数日没頭。
昨日レイトでヘルツォーク『小人の饗宴』を観た。
なかなか家庭には、いずらいもんです。
…………………………
●T子──
>1回目の校正は終わるだろう。
↑何度もチェックするのは効率悪い。
☆☆
>どこまで直せばよいのか。直さないほうがよいのか。
↑作者の文体を尊重し、できるだけ残す。
☆☆
>「けど」「でも」の接続詞。(これは直す)
↑直さないほうが良いかも。
☆☆
>人称がまたがる長い文体。(短くしてよいのか。直してない)
↑分割して短くしたほうが読みやすいなら、そうする。
☆☆
>「何かよくわからないが・・・」などの言い回し。(これは全部削除)
↑削除しないほうが良い。
☆☆
>さらに「がしがし」ほかの若者擬態語。(そのまま)
↑OK
☆☆
>だれかさんの文章を読んでいるような感じもあるけれど。
↑似ても似つかない。
もしくは、似て非なるものである。
☆☆
>「正書法」
↑これ大事。
誤字脱字、慣用句、てにをは、その他諸々、間違いを正す。
見落としがあってはいけないの。
☆☆
>「がしがし」
↑は時代感覚。または世代感覚。
☆☆
>ヘルツォーク
↑クラウス・キンスキーをよく使う監督だっけ?
キンスキー好きっ。
☆☆
>いずらい
↑いづらい、が正しい。
☆☆
「明日の作業のために」と、深夜にもかかわらず、返信。
…………………………
●K君──居づらい。
居辛い。
だと思う。
今、石井作品放送中なのだ。
…………………………
●T子──ちょっと心配
やるべきこと
誤りを正す
☆☆
やっていけないこと
勝手なリライト
☆☆
鉛筆でしょうね?
☆☆
タイトルを知らせて、と言ってるのに。
…………………………
●K君──タイトル『蔦王2』
…………………………
(電話あり)
(T子記す)
おはよう。
おはよう。
その後10数分、校正リライトのやり方について相談に応じる。
伝授する。
細かい打合せをする。
合意に達する。
日本語に正書法はない? とKが聞く。
いや明らかにある、正書法はキャパが広い、正書法と「がしがし」は相反するものではない、あなたはちょっと古い、言葉は生きている、生きている人々が辞書を書き換える、と私。
それはわかる、とK。
この作者はかなり書ける、シナリオライターとして書かせても面白いもの書くと思う、古い言葉もよく知っている、とK。
今の子はパソコン使うから難しい言葉を使いたがる、そのまま残していい、そういう文章を好む読者がいる、必要に応じてルビをふって、と私。
違和感を覚える箇所はどんどん直して良い、加筆も適宜必要、主語と述語がずれている場合は正す、そういうことはやって良い、そこに我々の存在意義がある、と私。
了解。
誰かさんの文章を読んでいるような感じがした、とKはまた言う。
トランジットはすべて一人称の文で、18の女の子の言葉なので、50がらみの女の言葉にはしなかった、そうしないとリアルじゃない、だからドル札数えるときは「がしがし」が登場する、あなたにも三田にも指摘されたので削除したが。
三田も古いんだよ、とK。
ドブ板を描写する地の文は現在の私の言葉、その違いがわかるでしょ。
私も当初はリライトしすぎた、あなたのもどかしい気持ちはよくわかる、ついやりすぎてしまう、でもそうすると作者の文章じゃなくなるからいけない、スルーしてよ、私もやっとこのごろスルーできるようになった。
…………………………
●T子──goo辞書、三省堂の無料サービス。
国語辞典、類語、英和、和英、中日、日中も引ける。
校正のみならず、小説執筆の際も、私はつねに繋いでいる。
…………………………
(電話あり、30分ほど話す)
(T子記す)
図書館で校正リライトの作業をしていた、家では広げる気にならない、あの作品なかなか面白かった、とK。
では受注量を増やそうか、月に4本やれば30万になる、と私。
作品の映画化、コミック化を考えてしまう、気になる。
社長はそっち方面に強いよ、会いたいのなら、いずれ機を見てお引き合わせします。
校正の仕事はライター仕事のエネルギー10分の1でできる、文章レッスンになる、反面教師として使える、頻繁に辞書を引くので勉強になる、あなたもそう思うでしょ、と私。
☆☆
あなた仕事がないときは家事一式やっているのかと思ったら……。
それは昔の話で、今は子供たち大きくなって食事もばらばら、よけいなことをするなと女房に言われる、俺が洗濯物干していたりするのも嫌なんだろう、それよりも土方でもなんでもいいから仕事しろと怒られるからやらない。
校正の仕事をしだしたと言えばいい。
言ってない、あれから一言も口きいてない。
シチューでもつくって家族に食べさせればいいのに、あなたも栄養とれるし。
☆☆
あなた、うちにいるのかと思えば……。
ばか、うちからおまえに電話なんかできるわけないじゃないか。
あら、そうなの。
☆☆
『満州裏史』ドキドキした、おまえまったく興味ないだろ、わかりやすく読みやすい本だった。
…………………………
(その本に夢中になって2日間連絡くれなかったのか。私に冷めたわけじゃなかったんだ、よかった)
(毎日メールがくると安心する。でも電話で話すと、安心よりも不安定になる)
…………………………
(その夜のメール)
●K君──企画
『ヨコスカ不良少女列伝』
返信不要。
…………………………
(返信しなかった。はじめてかな、2度目かな)
…………………………
●K君──校正
終了。
パート3あろ。
…………………………
●T子──さすが、早かったね。
お疲れ様でした。
私は楽ができた。
ありがとう。
…………………………
●K君──短歌をアメリカ人に教えた。
枕詞を「Pillow Talk」と訳してしまった。
「短歌とは睦事歌なのか!」
ふにゃふにゃの
ぺろぺろぺろん
ぐぐぐっと
ずこずこずこん
がしがしがしん
…………………………
●T子──メール来ていたのね。
今、気づいた。
今日は書けない。
…………………………
●K君──おはよう。
最終チェック中だが、校正部分に関しては、客観的に違和感はない。
もう、送り返す。
「ため息を吐く」という表現は、「息を吐く」「ため息をつく」に書き分けた。
「瞳を眇める」も多出。
著者独自用語としてルビを振るにとどめた。
「○○付ける」という使い方も多い。
「片付ける」などのほかは、平仮名にした。
「一月」「三月」などは、ひとつき、みつきとルビ。
「今○○」も極力「今」をはずした。時制の問題。
「叶う」は、そのまま。
☆☆
T子さんの名前住所でいいんだよね。
…………………………
●T子──先ほどのメールの件は全て了解です。
私の名前で送り状を同封したよ。
使えるなら、そちらを。
…………………………
(直後に電話あり、30分ほど話す)
(T子記す)
校正リライトに苦心した話をして、ふたり腹かかえて笑う。
でも面白かった。
そうなの、つい夢中になっちゃうの、と私。
短歌と俳句の話も少し。
…………………………
●T子──『Talking About Japan 英語で話す「日本」』
(講談社インターナショナル)手元にあり。
☆☆
枕詞
a conventional (poetic) epithet; a “pillow word”
(常套的な 詩の 形容語句)
…………………………
(「言葉遊び」と題して、Kからメールが来た)
添付ファイル「江南クリーク漂白」「短歌集『乞食坊主~獨酌獨酒獨白』」「ザ・短歌集」
…………………………
●K君──さっきの『独酌・・・』削除。
…………………………
●T子──今日は身体ヘロヘロで、小説書けない。
あなたの短歌を拝読。
感想メモ、あとでPC送信します。
…………………………
●T子──
ヨコスカの 防空壕に サイパンは 静かに眠りぬ 凍死グッドバイ
↑路上でもトンネルでもなく「防空壕」。泣かせる。
「凍死グッドバイ」、良い、と思います。
人間失格、晩年、グッド・バイを連想させる。
☆☆
「ラピスラズリ」一連の詠は、会話のみで進行する短篇小説(韻文と散文ミックス)に仕立てたらよろしいのでは。
加筆も必要。
と前にも同じこと伝えたよね。
☆☆
諧謔の句、切ない笑いを誘う句が今回はあまり見当たらなかった。
以前送ってもらった作品集では、「このひと、戯作調文体を駆使して穿ちの散文(小説)を書く資質だな」と窺わせた。
総じて、あなたの短歌の背景には東洋の歴史の流れが広がり、日米中およびアジア社会情勢が横たわり、あなたは頭の中に世界地図を広げて、「わかった!あれとこれがこう繋がるんだ!」と面白がりつつ詠んでいると、そのように伝わってきます。
よって読者は、歌そのものよりも、作者の精神の動きを読むことのほうに興味関心が向かいます。
☆☆
自作解説をつけた歌が何句かあるよね。
(可能な限り)全句解説付きにすればいいのに。
それなら単行本になるのでは、と思うのですが。
☆☆
「倭」は当時の日本を大陸側がそう呼んだわけで、日本は倭なる呼び名の音も字面も気に食わなかったんだよね。
だから倭ではなくして、大和にした。
倭歌ではなく和歌とした。
本質は、やまと言葉の歌ということでしょうか。
(やまとことのは からうた唐歌とは異なる、だがその影響を受けて和歌は変化していった)
…………………………
●K君──お疲れ様
もっと、という気持ちもあったけれど。
あそこで手仕舞する「仕事」だと思う。
☆☆
『アイ リメンバー ユー ヨコスカン ラプソディー』
75年、米兵を国外逃亡させる若き外人バーのマスターを巡る話。
彼は在日だった。
結局、正義感ゆえに殺される。
僕は傍観者だった。
サイパンもビッグママもいた。
原点。
間違いない。
『・・・2 』が「小泉を撃て」。
撃てないんだけど、溶解していく在日。
☆☆
『横浜ナポレオン党伝説』
ひとりの女をかけてバイク勝負。
勝った男は、負けた男が宿した娘を育てた。
育った娘は、バイクの世界で横浜を制覇した。
産みの親父に勝負を挑む。
産みの親父に会いたかったのだが。
その勝負に気がついた育ての父もたちあがる。
かつてのナポレオン党が再びまみえる。
場所は、ベイブリッジ。
ふたりとも相討ち。
バーンアウト。
ひとり残った娘。
…………………………
(ここでまた電話あり)
(T子記す)
Kは短歌を読んでもらったことがよほど嬉しかったようで、また電話をかけてきた。
ケータイでメール打つのがしんどい、外は暗いから、というのもあるのだろう。
互いの作品について語り合う。
おまえがやっと読んでくれたという気がする、短歌だけは取ってある、10年前日本語と格闘していたということを知ってもらいたかった、とK。
以前も同じ感想を伝えたはず、あなたはひとの言うことちゃんと聞いていない、と私。
☆☆
ナポレオン党の台本もファクスで送られて読んだ、ナポレオン党は本牧ではなく六角橋、親不孝通りはバイクで疾走できない、と私。
あれは日活時代に20万のギャラで書いた。
日活はああいうのが好きだよね、でももう古い。
だからもう書かない、そうかおまえに送っていたか。
☆☆
映画の現場体験をもとにした映画漂流記を書けばいい。
それはできない、デビュー作にできない、一発屋で終わってしまうから。
では何を筆おろしとするのか?
ばあさんの介護私小説とか。
「なぎさホテル」のように人生の黄昏を描けばいい、新人賞の枠ではそういうもの書ける人はいないだろうから、My Twilight Years、来し方行く末を描く、女とのこと、仕事、世界との関わり。
ホテルハーバーがいい、とK。
☆☆
私はあと1週間、ここから一気に結末のカタストロフになだれこむ、今日はそのための小休止、トランジットと同じ日数で1.5倍書けた、全体で倍のボリュームになる予定、甘いシーンも書いたし、破局へ向かう準備材料は出そろった。
どんなシーンを書いてもいいから音楽を入れろ、おまえの書くものは基本的にブルースだろ。
ブルースというか浪花節というか。
浪花節でもいい。
あんたに言われたとおり、トランジットには音楽入れるよ、年内に加筆する。
ブルース、リズム&ブルース、アメリカンポップス、ロックもあった、とK。
デキシーランドジャズもね、だけどスクランブルには音楽が鳴っていない、ホンキートンクも違う、流れているのは川の水の音、男が風呂場で流す水道の音を川の音のように聞くシーンもある、音楽や歌よりも抽象的、このあと不審のはじまり、うそ発覚、裏切り、お金持ち逃げ、そして破局カタストロフへと一気にいく、これ来ちゃうよ、群像過去の3作読んで、そのうち1作はすごくいけてるなと思ったけど、でも戦える、私のも負けていない。
☆☆
俺はおまえに刺激を与えようとしている。
大丈夫、ひとりで勝手に盛り上がってるから。
おまえ早く書き終えろよ。
☆☆
在日韓国も中国も、祖国統一を望んでいる人は知り合いに一人もいない、と私。
当たり前だ、統一なんて有り得ない、台湾は国民党の流れでできたんだから、それが中国と一つになれるわけがない、わかる? とK。
わかるよ、朝鮮南北が統一できない事情も同じ、だけど陳さんのパパは一つの中国を望んでいるらしい、ゆるやかな統一を理想としているのか、香港のように特別行政区になることとか。
それは違う。
…………………………
(電話が切れた)
バッテリー不足か。
しかし、こういうときのアフターフォローはまったくなし。
…………………………
(T子のメモ)
○辛亥革命→中華民国樹立するも台湾に逃れ、国民政府となる→大陸では中華人民共和国が成立
○1914孫文は中華革命党を東京で結成→中国国民党
○中華とは、中国人が自国を呼ぶときの美称
○中華思想とは、漢民族が自己を世界の中心とする意識の表現
○1978鄧小平による改革開放政策以前に渡航してきた華僑を老華僑、以後に渡航してきた華僑を新華僑と呼ぶ
○中華料理店と中国料理店は同じ
○漢人、華人、華僑、中国人
○大陸、台湾、香港いずれも中国人という点では同じ?
○華僑は中国国籍を持っている?
○在日朝鮮人一世の多くは強制的に日本に連れてこられた。
○在日華僑は自発的に日本に渡ってきた人が多い?
横浜開港の時代からそうであった、と聞いているが。
○漢、中国古代の王朝
○秦→支那という呼び名
○漢心 からごころ 中国的なものの考え方。中国の文化に心酔し、それに感化された思想を持つことを、江戸時代の国学者が批判的にいった語
○大和心 やまとごころ 日本人らしい自然ですなおな心
「敷島の―を人問はば朝日ににほふ山桜花」〈石上稿〉
○大和魂 日本人固有の知恵・才覚。漢才(からざえ)、すなわち学問(漢学)上の知識に対していう。大和心。
「なほ才を本(もと)としてこそ、―の世に用ゐらるる方も強う侍らめ」〈源・少女〉
日本民族固有の精神。
勇敢で、潔いことが特徴とされる。
天皇制における国粋主義思想、戦時中の軍国主義思想のもとで喧伝された。

●K君──蔦
半分過ぎ。
ワープした国の言葉を主人公に解説させる。
「語順は日本語と同じ。文語と口語の区別はない。だから、すぐに覚えた」
ばかやろー。
エクスキューズしてやがんの。
…………………………
●T子──この仕事、まだ返送してなかったの?
そんなに頑張らなくていいのに。
…………………………
●K君──6日に返送したよ。
…………………………
●T子──だったら、何をなさっているのですか。
蔦のことは、もういいよ。
ちゃんと食べてる?
少し太らないと。
自分で料理して食べればいいのに。
…………………………
●T子──昨日6頁、今日4頁。
さほど筆が進まない。
この調子だとあと10日はかかる。
ゴールは見えているのに、なんだか苦しい。
…………………………
●T子──私小説を書くなら、生き恥さらし、愚行自慢をやってのけないと、いいものできない。
トランジットとスクランブルは成長小説。
破局のカタルシスを読者に共有してもらうために、主人公をうんといじめないといけない。
少しいじめただけで疲れちゃったよ。
…………………………
●T子──ラストスパートは執拗な筆致でいこうと思う。
魅力的な執拗は、しつこいのとどう違う?
冗長との違いは?
…………………………
●T子──トランジット
中国大風呂敷の男との朝は、主人公の少女がデニーや金髪純子の庇護なしに行動する大事な場面。
アクセントがついて良いと思う。
やはり残したい。
具合でも悪いの、大丈夫?
…………………………
●K君──山崎ナオコーラとか、なんとかまほかるみたいにペンネームを。
書けた?
大風呂敷が主人公の次の行動のモチベーションとして、有効に作用するかどうか。
大学で学問しよう、なるか。
半島からの出稼ぎのおばさんアジュモニのなかに、高等教育を受けた人がいたら、どう?
…………………………
●T子──今日はわりと順調に筆が進んだ。
しかし破局に向かっているので、どーんと疲れる。
目も痛い。
済州島から出稼ぎの3人は、もう人物造形が終わっている。
強制連行、民族差別の歴史よりも、格差を描いているつもりです。
講談社メルマガ、面白かったでしょ?
…………………………
●K君──読んでない。
在日と出稼ぎ(80年代の)を混同してないか?
…………………………
●T子──在日は日本に根づいて暮らしている人。
出稼ぎは、短期滞在で、合法か違法か、いろいろあるけど、日本で仕事をして稼いで帰る人。
違う?
…………………………
●K君──では、なぜ出稼ぎに来た?
…………………………
●T子──ウォンよりも強い円を稼いで、本国に持ち帰るため、でしょう。
日本の1万円が韓国では5万から10万の価値あり、使いでがあるのだから。
韓国だけでなく、東南アジア、中南米諸国からの出稼ぎは、同じ理由からだと思う。
…………………………
●K君──正しい。
だったら、儒教だのインテリだのって言ってられないよな。
でも女子大出もいたかもしれない。
まあ、やめよう。
滞りなく進行してあるのであれば、余計なことです。
…………………………
(その後しばらくして、やっぱり電話あり、40分ほど話す)
(T子記す)
トランジットとスクランブルは同工異曲、どっちかひとつでいいじゃん、とK。
トランジットは18の子が書いた、スクランブルは36の女が書いた、ちっとも変わっていない部分もあるが進化もしている、よりひどくなった要素もある、横須賀時代とは比べものにならない焦燥感がある、本物のドン詰まりを体験している、街の描写はドブ板のほうが面白いが、小説としてはスクランブルのほうがよくできている、構成が複雑、時空が行ったり来たりしている、メインテーマは同じ、浮き沈みがあってドン詰まりのときもあるが生き延びる、底にいるときはなぜかいつも外国の人々とともにいる、いろんな人のエネルギーが関わってくる、と私。
それはいいけど、おまえはドブ板を書くように中華街を書いている、それだけじゃないだろうと言いたい、出稼ぎのおばちゃんを効果的に使え、日本への出稼ぎ組の最初は台湾人、新大久保の住まいに連れていってもらったことがある、台湾人は賢いからすぐに店をやりだして、大陸系の出稼ぎを使いだした、フィリピンは昔からいた、そしてロシア、ベネズエラという流れ。
橫浜中区はつねに韓国と中国の人々がいる、地縁血縁で呼び寄せる、福富町なら出稼ぎの国の変遷がわかる。
そういうことは俺のほうが詳しい、格差を見ている。
だけどスクランブルの時代は80年代じゃないよ、90年代中盤だよ、バブルはじけたあとだよ。
それじゃもう出稼ぎはいないだろ。
いたよ、いた、いた。
☆☆
トランジットでは中国の大風呂敷が女性なら許す、ダニーはおまえがドブ板を出ていくことを最後まで反対する、でもおまえは出て行き、ダニーと金髪純子に、それじゃ違うんだよと言う、それで決着つけると、そういう仕掛けをしないといけない、ベトナムが終わりドブ板も自然消滅、ならば自分とベトナムの関係は何だったのか、1行でいいから書け、村上龍は「海の向こうで戦争がはじまる」の冒頭で、蝿がぶんぶん飛んでいると書いた、最初に絵がある、俺も映画屋だからまず絵が浮かぶ、抽象的な一言でいいから書け。
そう言われるとわかる、もっと良くするよう加筆する。
今日はもう書かないんだろ。
書かない。
☆☆
このあと何を書くのか、私小説なのかルポルタージュなのか、おまえがフラフラしているからいろいろ言うのだ。
私がやりたいのはトランス・ロマネスク、小説は十九世紀から二十世紀を超え、いろいろなことをやり尽くして、小説を超えた何者かになろうとしている、もう物語を描くものじゃない、散文のなかに詩がある、そんな小説が書きたい。
トランス・ロマネスクという言葉はまだ聞いたことがない、概念がよくわからない。
茅ヶ崎で説明したじゃん、どこから来た言葉か忘れたけど、世界文学にはそのカテゴリーがある。
詩があるということなら別に新しいものじゃない、源氏物語だってトランス・ロマネスクだろう、物語があり歌がある。
たしかにそうかもしれない、でも源氏は物語だし、私としてはストーリー重視のエンターテインメント小説は読むのも書くのもしたくない。
それはそうだ。
☆☆
私小説ではないけれど、まずは自分の体験をもとに書く、つくり話では迫力あるものが書けない、これでもだいぶ嘘を書けるようになった、話をつくれるようになった、プロ作家としてはこれじゃまだだめだけど、新人賞の枠なら勝てる。
新人賞はプロということだ。
いや、私も業界にいるからわかる、新人賞をとってもプロになれる人となれない人がいて、それは作品を読めばわかる、今後も書いていけそうかどうか、読者を獲得して書き続けていけるかどうか、売れるか売れないか。
書き続けるだけなら誰でもできる。
書き続けるだけでなく、読者を獲得し、作品が流通しなければだめ、そして売れる、それが私の目指しているプロ作家。
ならばそういう仕掛けをしないといけない、けれん味も必要。
今はとにかく自分の中にあるものを吐き出す、あれこれ工夫するのは後のこと。
今は提言するなということか。
そうじゃない、いろいろ言われるのはいやじゃない、ただ、すぐには反応しきれない、時間がかかる。
今回はもう時間がないだろ。
できるだけ早く書いて読んでもらう、時間内にできるだけ直す、トランジットもスクランブルも気が済むまで直す、いろいろ言ってくれたことをそのままにはしない。
☆☆
雨が降ってきた。
寒いの? 震えているじゃない、どこかお店に入るか、おうち帰りなさいよ。
まあ、そういうことだ。
気をつけてよ。
うん、ありがとう。