【デートノート⑨ 2012.1.7〜1.9 50時間】(前編)
(T子記す)
Kの現在地を電話で確認。
「本町通にいる。赤レンガ倉庫が正面に見える」というので、開港資料館はそこから右方向だと教える。
私は周辺を探してしまった。
再び電話。
「開港資料館に着いた。西門にいる」とのこと。
「ではすぐに行く」と切った。
西門?と思いつつ、私は正門から入った。
Kはいない。
迎えに行こうとするとKが現れ、「せっかちだ、ひとの話を聞かない」と文句を言う。
ともあれ、会えてよかった。

☆☆
ペリーの地図があるか、と受付で尋ねる。
職員即答で、地下の資料室にあるとのこと。
だが資料室は21日まで開かない。
売店で図書を閲覧。
有隣堂刊行の英語本『YOKOHAMA』に英語地名で描かれた地図を見つけ、K盛り上がる。
☆☆
馬車道まで歩く。
県立博物館の資料室で図書閲覧。
Kは学芸員にレファレンス相談。
私もいくつか見つけてKに報告。
「本町は昔、元町という地名だった。ペリーの黒船Black Shipsを見るために武山200米標高地におおぜい人が集まった。横須賀港はフランスのツーロンに似ている」など。
文芸社より刊行(自費出版?)の本、書名は失念したが、内容充実の1冊があり、Kもそれに目をつけていた。
売店で、Kはズーラシアのキャラメルを買う。
甘いものが好きなのね。
☆☆
5時を過ぎ、関内で食事をすることに。
生香園は全席禁煙とわかり、パス。
オリジナル・ジョーズは昨年11月に閉店と判明。
「じゃどこでも同じ」と紅花へ。
紹興酒を飲みながら食べる。
私は相変わらず少食だが、Kは食欲増した。
日本酒も飲む。
私も少しいただいた。
☆☆
「武山」のことを話す。
☆☆
バーガーキングでいつもの席が空いていないとPC使えない、仕方ないから別の席で別作品の資料をまとめた、そんなふうに複数をかけもちできる瞬間、ちょっといいなと感じた、とK。
仕事で書くようになれば、そういうことが頻繁にあるでしょうね、と私。
☆☆
三田文学の求めに応じてさらに加筆する件、話し合う。
ほんとうはあんたとのこと書きたくなかった、でも編集長はその話にしたがっている、結末の削除についても、私は不本意だが従う。
Kも「従え」と言う。
だから従うよ、デビューすることが肝心だもん、でもいずれ偉くなって言い返してやる、浅田次郎『悪魔』という傑作短篇は結末の数行で10年後を語っている、そういう例もあるのだ。
おまえそういうところがえらいよな、俺は書き残すだけ、それができればもういい、時間との勝負だ。
編集長からは、最後の「サイゴン陥落」につなげるために、オメガにいる米兵たちにベトナムを語らせろ、と指摘された、だけど私はベトナムについて彼らが語るのを聞いたことがない、フィリピンに行くのはたまらなくつらいという話なら聞いたけど。
つくっちゃえばいいんだ、とK。
つくろうとすると、コッポラの映画そのほかのイメージや、それを見た記憶が邪魔をする、と私。
☆☆
三田文学は品格を重んじる、いい子ちゃん、いやね。
三田からほかの文芸誌に転載、でいいんじゃないか。
今はもう、そういう時代じゃないと思うよ。
☆☆
セクトにオルグされた体験談。
あんなマニュアル言葉で落ちるわけがない、だけどその話を聞かせてもらうのは「薫」のとき、ってどういうこと?
あの時代を書くために取材する。
☆☆
まだ7時半だよ、関内駅から東京へ帰るか、うちに泊まるか、あんたが決めて。
帰らなくてもいい。
明日は県立図書館?
明日の気分による。
☆☆
酔って苦しいので、タクシーで井土ヶ谷へ向かう。
車は川沿いに走る。
お三の宮の提灯がいくつも灯っている。
☆☆
コンビニに寄って買い物。
明日の朝のためのサンドイッチ、果物、キャベツ千切り、酒、煙草。
☆☆
歩きながら、ふと思いついた。
「アフターベトナム」とドブ板で聞いたことがあるような気がする。
アメリカは早くベトナム戦を終わらせたくてしょうがなかったんだ。
☆☆
坂道は心臓が苦しい。
途中何度か足を止め、アパートへ。
Kは階段でも休んでいた。
☆☆
K2度目の来館で、勝手知ったる他人の家になりつつある。
今日は私もフルメイクをしているので、帰宅後すぐ風呂に入る。
Kは入らない。
酒を飲みつつ、ベッドで横になっていた。
☆☆
私はYou Tubeで「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の挿入曲 「I Put A Spell on You」を探して聴く。
ジム・ジャームッシュ好きかとKに聞くと、「ともだちだ。大好きだ。Kさん向きだと皆に言われる。バグダット・カフェも好きだ」とのこと。
好きな映画を1本だけ選べといわれたら何にする?
独裁者、かな、チャップリン。
(私のは聞かれなかったが、「愛の嵐」「キャバレー」「ロッキーホラーショー」だよ)
そうしているうちに、K眠ってしまう。
私も眠った。
☆☆
深夜、Kが寝返りを打って、枕元のミニ仏壇の水をこぼした。
愛猫マリとリリーの骨壺も倒れた。
私は驚き、泣きながら骨を拾う。
ごめんねごめんねと口から出る。
すぐまたベッドに戻るが、これで私とKの定位置が確定。

翌朝、Kが言う。
おまえ絶叫していたな、骨は土に還してやれ。
自分の土地を持っていない、と私。
☆☆
ふたりとも、よく眠った。
早寝したので、わりと早く目が覚めた。
Kは身体の調子はよくなったとのことだが、終夜のバイトが続いたせいか、疲れているみたい。
☆☆
ベッドの中で、朝勃ちを握らせるK。
☆☆
起きて、コーヒーとタバコ。
一緒にいることの嬉しさ、楽しさ、安心感。
くっついて眠ることができるようになった。
私は起きて一服しているのに、Kがまた握らせる。
わかってる、大きいんでしょ、硬いんでしょ、でも昔はもっとすごかったのよ。
Kは無言。
あら、いけないこと言っちゃったかしら。
☆☆
乳液を使ってしごく。
俺それに負けちゃうんだ。おまえも好きだよな。
そうでもない、ひとを色情狂みたいに言わないでよ、私は淡泊なほうよ。
☆☆
女のセックスは観念的で、相手の男をもう好きじゃなくなったら何も感じなくなる、これは前にも話したことだっけ?
☆☆
このまえ、あんた高校のとき以来はじめていったよね、ずっといけなかったのに、どうしていけるようになったの?
いこう、と思うから。
(だけどホテルでは、いこうとしてもいけなかったじゃないの)

前戯なしに、いきなり挿入。
Kが上になって動く。
キスはなし。
つまんない。
でも、それなりにいい。
相手がKだから。
しばらく動いて、いった。
またしてもシーツに精液こぼれる。
あんたがいってくれるのは嬉しいけどさあ、いろいろしないとつまんないよ、と率直に告げた。
☆☆
Kはベッドに座り、自分のノートPCを開く。
データを3つ、私のUSBにコピーする。
私は「武山」できたところまで読む、リライトする、と約束。
(この行為が、このタイミングだったかどうか記憶が定かでない。翌日のことだったかもしれない)
☆☆
県立図書館へ行こうということになり、朝食の支度。
スパゲティをゆで、ペペロンチーノを少しだけ作った。
フライパンごとベッドサイドに運び、フォークに巻いて食べさせた。
キャベツに塩こしょう、オリーブオイル、酢。
バナナ、みかん、サンドイッチ。
Kはチョコパイも食べた。
そのあと、Kはシャワー(たしか、そうだったと思う)。
ホテルインターコンチネンタルから持ってきた歯ブラシセット、ひげ剃りシェーバーを渡す。
ついでに白状すると、ガラスの灰皿もホテルから失敬してきた。
☆☆
出がけに、「全自動だろ、シーツを洗濯すれば?」とKが言う。
俺きれい好きなんだ、気にしないなら別にいいけど、と。
よって、シーツをはがして洗濯。
少し時間がかかるよ。
私はその時間を利用してフルメイク。
Kは読書。
四方田犬彦『原節子と李香蘭』はすごい、うまい、やられちまった、とKは騒ぎ、あとちょっとで読了とのこと。
読書するKの荒れた手にハンドクリームを塗る。
郵便局のバイトで指紋が消えた、だけどまたすぐ文字を書いている人の手に戻る、とK。
あんた、短歌やるよね。
うん。
載せられたこともあるよね。
?
担架に載せられて救急車で運ばれたんでしょ?
笑。
☆☆
駅まで歩く道すがら、私はこう話した。
いずれ私は実家に弟と住むことになるだろう、でも弟は性懲りもなく3度目の結婚をしたいと言っている、そうなると私は居づらい、やはり自分でマンションを借りるか、買うか。
☆☆
京急で日ノ出町へ。
Kは足が痛くて坂道を登れないだろうから、駅前でタクシーをひろい、紅葉坂へ。
私も甘いな、だけどバスを使っても、ふたり分ならタクシーとそう変わらない。
☆☆
県立図書館へ。
フリーランスは調べ物に金がかかる、年収200万じゃきつい。とK。
だけど今200万稼げるならフリーとしては優秀なほうだよ、今年は本が売れて年収1000万を越すといいね、1500万ぐらいあるとちょうどいい、と私。
☆☆
別館4階「かながわ資料室」へ。
資料が豊富に揃い、レファレンス担当者もなかなか優秀で、Kは目当ての情報が続々集まった模様。
私は○○病院入院中に仲良くなった○○さんから電話あり、廊下で話すが、「声が大きい」と2度も、図書館員に注意を受ける。
資料室に戻ると、Kがコピーをしながら「うるさいぞ」と。
でもこれは他の人にそう言わせないための思いやり?
ともかく機転のきく男である。
☆☆
朝10時半から6時間、休まずに勉強。
Kは資料に目を通し、書き写し、コピーをとる。
私も1冊見つけて、Kに提供。
キャンプマギルがあった当時の横須賀市長が軍転法について書いている。
これは役に立ったようで、Kはちゃんと書き写していた。
Kに「Tちゃん」と呼ばれて、Kの指示どおりに地図をコピーしたり、本館へ図書を取りに行ったり、女優名鑑から横須賀出身の女優(名前なんだっけ?)を探したり。
「その女優と、横須賀出身の青鞜メンバーについての資料は君のためにとったんだからね」とKは言っていた。
そうか、そういう視点を持たないといけないのか、とは思うが。
☆☆
女優年鑑は面白いので夢中になった。
原節子は日本のグレタ・ガルボ。
ではマレーネ・ディートリッヒは?
緑魔子でしょ。
私は若林映子という女優に顔が似ていると人に言われたことがある。
彼女はボンドガールやっている、英語力に問題のあった浜美枝よりもよかったらしい、など後でKに話した。
☆☆
Kの姿が見える席で、『サイパンと呼ばれた男』を読む。
65年当時の横須賀が描かれている。
その本で、水商売の連中でさえ近寄りたがらない黒人街にヨーコという女がいたことを知る。
おそらく、ヨーコという女は私より15歳ほど年上で、神戸生まれ、京都の大学から横須賀へ、黒人好き、米兵の国外逃亡に手を貸した。
一瞬「ワニブチさん」のことかと思ったが違うだろう。
ともあれ、Kにお金をもらってコピーしておいた。
☆☆
私は数時間その場を離れて、本館2階の文学コーナーへ。
エミール・ゾラ『ルーゴン=マッカール家の人びと』全20巻より「ルーゴン家の盛運」「獲物の分け前」「パリの腹わた」。
バルザック『人間喜劇』。
頭の中は十九世紀パリに染まる。
☆☆
もう飽きた、帰りたい、とKに催促するようなことは言わない。
言わなくてもわかっているはず。
そばに寄っていったら、「もうちょっとで終わるからね」と言ってくれた。
お腹すいた。
うん。
飲み物買うお金ちょうだい。
☆☆
Kはタバコも吸わずに一心不乱。
集中、のっている。
帰り際、Kはレファレンスの男性に、「充実していました」と。
私も、「ありがとうございました」と挨拶をした。
☆☆
コインロッカーに預けておいた荷物を手にする。
「100円戻ってるだろ」とKに言われて、取り忘れに気づく。
☆☆
Kは、紅葉坂を桜木町駅方面に下りようとする。
違う、そっちじゃない。
おまえ、これ読めるか。
掃部山、かもんやま、地元だよ私。
☆☆
野毛坂を下って、ぶらぶらと、野毛大通りから吉田橋、都橋、福富町へ。
イタリーノで食事したかったが、まだ開いていない。
野毛に行こうか。
野毛どっち?
こっち。
☆☆
日ノ出町駅近くの中国料理飲み屋にした。
ショーウィンドーにシジミの醤油漬けがあったから。
ここ台湾風だね、と私が言って。
Kは酒、私は紹興酒を少しだけ。
シジミは大粒、青菜の炒め、トマト、あと何だったけ、料理のほかに焼きそば。
Kはご飯も食べる。
食欲が戻ったのはきっと、仕事がうまくいきだして精神的なストレスが軽くなったから。
酒と煙草の量は相変わらずだけど、朝から飲むことはやめたようだし、良い方向に向かっている。
☆☆
集中するのは6時間が適量、あとはもう帰りたい、だけど俺帰れないんだよな、とK。
T子笑。
☆☆
寿町はここから近い?
近いよ、石川町駅から元町方面とは反対側へ行けばいい、そこに住むつもりなの? 1日3千円くらいかな、ということは月9万、光熱費込みでも高いじゃん、ウィークリーマンションはもっと高いけど。
(ドヤ街では)自炊はできない、そのかわり、立ち飲み屋がたくさんあるよ、と私。
知ってる、とK。

☆☆
京急で井土ヶ谷に戻る。
京浜急行はいつ乗ってもつらいなあ、とK。
闇市がまだ残っているような感じがするよね、と私。
(だけど私はそんなにつらくない。上大岡から向こうはつらいけど。だって横須賀に近づくから。どんどん田舎になっていくから)
☆☆
駅のそばのスーパー、さらにはコンビニでも買い物。
コンビニを出ると、Kが私の口に、さっき買ったキャラメルを入れてくれた。
☆☆
横須賀のお母さん年末年始は施設のショートステイだったとのこと。
妹のMちゃんは嫁ぎ先で正月やらなきゃいけないから、施設に預けたんだね、ほんとならあんたが、嫁さん連れて実家に行かなきゃいけないんだ、と私。
☆☆
くねくね曲がった細い道を行き、坂をのぼる。
田戸台とおんなじようなところに住んでるなあ、とK。
アパート前の急坂では、「汐入だ」とも言っていた。
☆☆
子供の頃はいろいろ習い事をした、絵、お習字、ピアノ、そろばん塾では先生に「あんとも」と呼ばれて可愛がられた、その後、英語もバレエもやった、だけどモノになったのは書くことだけ、と私。
☆☆
思いのほか情報収集がはかどったので、Kごきげん。
気分高揚しているのがわかる。
☆☆
私はお風呂にはいる。
Kははいらない。
「今日はセックスしないもん」と。
そしてKは酒。
☆☆
寝る前に少し話す。
おまえのことを書こうとしても、直球では書けない。
だったら私のこと、私のしたことを描写すればいい、その描写にあんたの思いが出る、思いそのものを書かなくていい、あなた昔も私のことを小説に書きかけたよね、「寝顔を見ていると安心する。だが起きると何を言い出すかわからないので怖い」って。
それ俺じゃないんじゃないか?
あんただよ、あんたしか書かないもん。

私のことをすごくいい女に描くか、いやな女にするか、正負どちらでもいいけど、キャラが際立つようにしてよ、三浦が舞台のあんたの小説は登場人物がダサいわよ、と私。
☆☆
それにしても、私をいやな女には描けないよね、歴代の男が言うもん、「おまえは本当に心のきれいな女だ」と。
☆☆
8番目のT、Tという女がいろいろいた、とK。
でもT子というのは私だけでしょ。
そうでもないよ、おまえに話していないことがまだある。
「おれもおまえに話していないことがいろいろあるよ」と私は言った。
☆☆
女がいろいろいたなら、私だけに頼らずにみんなに面倒みてもらってよ。
☆☆
三田文学に削除を求められた語彙の話。
「かまして爆笑してる」の「かまして」を削除しろと指示された、私の言葉はガラが悪いのかな。
三田文学のおじさんとはもうつきあわなくていいんじゃないの?とK。
そうね、だけど文芸畑の編集者とじっくり話をしたのはこれが初めてだから、ほかにもっといい編集者がいるのか、いないのか、まだわからない、ねえ私ってガラ悪いのかな?
うん、せっかち、思い込みが激しい、原理主義的なところもある、とK。
☆☆
慶應のフランス語の授業で教わった、私は学生だからエティディエンヌ、加えて、私のようなライターはもう作家と名乗っていい、作家を仏語でなんていうか忘れたけど、欧米ならもっと尊敬されて大事にされる存在なのに、どうしてこんな冷遇されなきゃいけないの。
俺だって東南アジアじゃ下にもおかない扱いだったぞ、あいつらは日本人よりもハリウッドシステムに慣れているから、プロデューサーを尊敬し大切にする。
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作家になってもブログなんか不要だ、俺はやらない、今でも俺の名はネットに千件近く載っている。
私は読者サービスとしてブログを開設したい、弟にやらせるかな、それでファンを獲得する、年会費を集める、私と生涯つながっていたい人は年に1万円上納しなさいって言う。
年12万部以上売れるようになるんだから、そんなことする必要ないだろ。
☆☆
睡眠中にKは咳こむ。
痰がからんで死ぬこともあるよ、と私はティッシュを胸元に置いてあげた。
隣で寝ていてまた咳が聞こえたので、口元にティッシュをあてがい、痰を吐かせた。
もういいの?
Kがうなずくので、ティッシュを捨てた。
早々に眠ってしまったKの脇で、私はカナディアン・クラブ水割りを飲みながら、You Tubeでジェーン・バーキンと菊池成孔を観る、聴く。