【デートノート⑩ 2012.1.31〜2.2 43時間】(後編)
(T子記す)
昼過ぎに起きて、はちみつレモンのドリンクをつくって飲む。
頭痛いのは治った?
頭痛いのは、おまえ。
そうだっけ?
☆☆
いわしつみれ汁、これは食してくれなかった。
ニラ玉は食べた。
コンビニのサンドイッチは昨晩のうちに全部、Kが食べてしまった。
甘いものもよく食べるのに、なぜ太らない?
ふっくらしてほしいのに。
作家になってからもビジュアルイメージは大切だよ、キャラクターとイメージ次第で売れ行きが決まる、と私はKに教えた。
☆☆
「司馬遼太郎が書かなかった三浦半島記」というのは、いいだろう、タイトルにしちゃおう、とK。
タイトルにしてはだめよ、帯コピーならいいけど、と私。
だよな、他人の褌で相撲とるのは得意なんだ俺。
☆☆
何時に帰ろうかな?
好きなようにしていいよ、私やることないから。
じゃ、ずっといよう。
☆☆
Kは顔の筋肉が下がってしまったから、私がフェイスマッサージをしてあげる。
髪にムースをつける。
これで少しまともになった。
あんたの容貌が衰えたら、私気持ち醒めるかもよ、と脅かしておいた。
K笑。
☆☆
Kは「おまえのお母さんを誘って焼き鳥屋へ行こう」と言うが、それはだめ、急に出て来られない。
お母さんは、俺のこと知らないの?
(実はいろいろ話してあるけど)なんて言って紹介するのよ、妻子もちの男ですって言うの?
関係ないじゃん。
母は毎週カラオケとダンス、そういう場所で会うボーイフレンドが何人かいるみたい。
いるだろ、そりゃ。
でもお父さん以上のひとはいないって言う、生きているうちは文句ばかり言っていたのに、死んでしまったら美化しまくり、あんないい男はいないと。
うちのおふくろもそうだから腹が立つ、生きているうちに大事にしろよ、と怒ってやった。
☆☆
おまえ、お父さんはどうした?
亡くなったじゃん、3年前に。
(その話、ドブ板で久しぶりに再会したときに話したのに、忘れちゃうなんて)
☆☆
同じ高校出身の子たちは意識レベルが同等なので、のびのび話ができる。(中学同窓の子が相手だったら、「おまえ何むずかしいこと言ってんだ」とぶたれると思うよの件、中学時代の友達○○に実家の窓ガラスを修理してもらった件、その作業を終えたあと母も交えて茶飲み話をした件、そのとき○ちゃんとの結婚を勧められた件など話す)
それ聞いた、とK。
よく憶えていたじゃん。
あんまりばかばかしいから憶えていた。
☆☆
「歌枕草枕膝枕」というタイトル、いいと思わないか? ほかにもこんなタイトルいいよね、と飲みながら話しているところから映画づくりが始まる、内容なんか一切決まっていないのに何かがはじまる。
☆☆
おまえが古典本やろうと言い出したとき、焦った、範囲が膨大すぎる。
だから古典文学全集にあたればいいんだってば。
古典やれるのは俺だろう、おまえじゃなく。
ふたりでやらないとできないよ、硬軟とりまぜで、ソフトな部分を私がやる、言霊と呪術がテーマ。
おまえのレベルでは岩波は無理、講談社学術文庫も無理、できるのはせいぜい三笠書房の王様文庫、知的生活シリーズぐらい。
☆☆
おまえのリライトをあてにしてる。
いーえ、どうせ私は三笠の知的生活レベルですからね。
☆☆
「武山」原稿、おまえが削除の指示を出した箇所は全部、「T子はこれわかんないだろうからカットするだろうな」と予想したとおりの反応が返ってきた。
私は編集者の目で読んでいるよ。
編集者として読むなら俺のほうが優れている。
☆☆

夕方、シャキッとしたくて外へ出ることにする。
☆☆
Tちゃん、ごめんね。
何?
邪魔して。
いいよ、今のところ、あんたのリライトしかやることないから。
☆☆
何か食べよう、軽く飲もうかということになり、小さな焼き鳥屋に入った。
☆☆
ここで飲んで電車に揺られて、東京に着いたらもうくたくたでしょ、そんな状態で夜は何をして過ごすの?
今日はもう書けない、構成を考えるだけ。
だったら明日早い時間に帰ることにすれば?
(Kもそうしたかったらしい)
あたしのうちでは休まらない?
いや。
だよね、よく寝ていたもん。
☆☆
手が冷たい、と言うので握ってあげる。
☆☆
あんたは字が端正、私は筆跡あまり美しくないけど、文章はつねに端正、あんたはそうじゃない、けっこう書き飛ばす、書き殴る。
☆☆
俺、毎晩遅くまでやってると疲れて、もうやめようかなと思う、Tちゃんに訊いてみようかな、メールでもしてみるかな、と思う。
☆☆
俺は編集者として優れている、映画のプロデューサーだからわかることがある、とKは自信満々。
☆☆
おまえ英語でトランジットを書け、武山でそう思いついた。
下訳が要るから、○○にやってもらおうか。
自分でやれ。
あれを翻訳するのはしんどい、英語で考えて、英語で書くのはいい、だけど語彙が少ないからろくなこと考えられない。
日本語を織り交ぜればいい、それが横須賀の英語だ、ブルージーヨコスカっていうタイトル案もいい、おまえうまいよな。
英語で考えると、ああなる。
☆☆
昔ドブ板の「風」というロック喫茶でKが酔って暴れた件、横須賀署に通報され連行され、Kのお父さんに迎えに来てもらったことなど、思い出話ひとしきり。
☆☆
高校でKの同級生だった○○君をドブ板周辺で見かけ、昔のボーイフレンドと間違えて呼び止めちゃったこと、仕方ないので飲みにいった話もする。
☆☆
同じくKの同級生の○○君が、私をドブ板から家まで車で送ってくれたが、車内はシンナーの匂いがぷんぷんで、あちこち車を走らせて遠回りされた話もする。
☆☆
同じくKの同級生の○○君と、私は高校時代に3回デートした、彼はバイトして貯めたお金で至れり尽くせりだった、一緒に下校するとき、後ろにあんたがいたけど、○○君に「気にするな」と言われて、男らしいと思ったこと、Kのことなんか気にするなと言われたんだよ、という話もした。
それ、40年ぶりの告白にしては面白すぎるでしょ、とKは笑いつつも、「あの野郎」と軽く怒っていた。
☆☆
武山の行政センターでおやじの戸籍謄本を出してもらった。
(と言って、K家ご先祖様の戸籍謄本の写しを見せてくれた)
うちもお父さんが亡くなって戸籍写しを入手した、おたくの戸籍むずかしいよ、解読できない。
☆☆
鶏ささみ食べる?
Tちゃんのささみだけでたくさん。
(私の肉はやはり硬いのか?)
☆☆
Kは行方知れずの竹馬の友、○○君について語りながら涙。
そのひと、自営業がうまくいかなくて借金したというのだから真面目なひとなんだよ、きっと、奥さんと娘さんを守るために離婚して蒸発したんでしょ、男はそうでなくちゃ、どこかで生きているんだからいいじゃん、と私。
みんなそう言う、とK。
☆☆
Kは阿部薫のことでも涙。薫はおにいちゃんみたいな存在、俺んちが川崎の社宅にいたころ雪だるまをつくってくれたおにいちゃん、違うんだけど……死ぬことなかったのに、マーブルチョコみたいな薬のんでよ、と。
阿部さんは死ぬつもりで薬を飲んだわけじゃないらしい、と私。
いや、そうかな。
そうよ、生きていたかったのに、頭にくることがあって薬のみすぎちゃった、一種の事故だね、私がいづみさんになりかわって阿部薫のこと書いちゃいそう。
☆☆
おまえがドブ板の「サイパン」のことを加筆したデータ読んだ、おまえなぜサイパンを書いたんだ。
と言われても、簡単に答えられない。
(あの場面描写に、肉薄するものが感じられなかったのかしら、と反省)
☆☆
Kは武山を書き出したので強気になり、書きたいものが次々と浮かぶと言う。
うらやましいかぎり。
やはり男のエネルギーはすごい。
☆☆
最初に何を書いて(世に)出ればいいのかわからなかった、これでようやくつかめた、突破口が開く、そうすれば映画業界のことも書ける、薫、原節子、バイト経験のあれこれも書ける、だが作家になって売れないやつが警備員日誌のようなものを書いて出したのには腹が立つ。
(とKは、やたらその件にこだわる)
☆☆
私は仮に売れなくても、書く仕事でバイトする。
作家になっても食っていけないと、その貧乏生活を書いて商売にするのはなってない、そんなことするくらいなら死んだほうがまし、とKは息巻く。
☆☆
あなたは小説よりもノンフィクションのほうが向いている、と私。
そういう区別をしたくない、どちらの要素もある作品が面白い、とK。
たしかにそうかもしれない、そういうのがKに最適だという気がする。
☆☆
ライトノベルをリライトする苦労について話しあい、笑った、楽しかった。
文章が整っていくとうれしい、つい夢中になっちゃう、書くことが好きだからね、と私。
俺は別に、うれしくはない。
☆☆
高校生のころ横須賀でミッドウェイ母港化反対のデモに参加した、だけど何かが違うと思った、納得できなかった、スクラム組んだ隣の大学生のおねえさんのおっばいが腕にあたったことは憶えている。
☆☆
もう帰ろう、とK。
帰ったらきっとすぐまた眠っちゃうね、日頃の疲れが出た感じ、私があんたと同じ生活パターンだったら、とうにダウンしている、あんたはやっぱり体力がある。
俺だって疲れているよ、だけどしょうがない。
☆☆
外で飲むとかったるくなるから、男友達といるときはいつも腕を組んで歩く、あんたは私に寄りかかるけど、男の子たちは私を引っ張っていってくれるから楽だよ、腕におっぱいが当たるって言うけど、男の腕はそういうことに敏感だね、私のおっぱいは何も感じない。
君の(おっぱい)は、ちょっと違うの、とK。
☆☆
コンビニで。
あんたバームクーヘン好きだったよね。
(Kは喜んで腕を広げ、ハグ)
たしか、あんただったよねバームクーヘンが好きなのは、買ってあげる。
でもそんなにいろいろ買わなくていい、俺なにか下品なもの食いたい。
(とKは、インスタントのカップ入りワンタンを選ぶ)
こんなふうに外泊していたら、「女がいるんじゃないか」と家族に疑われるでしょ。
もうそういう時期はとうに過ぎた。
だけど疑うよ、お金もないのにしょっちゅう外泊するのは女のところに行っているに違いないと。
仮に訊かれても、俺がどうしようが関係ないだろ、ゆうべは公園で寝てましたと言えばいいのかと、それだけ。
奥さんとしてはただでさえ頭にきてるのに、ましてや外に女がいると知ったら、さぞ怒るだろうな。