【デートノート⑱ 2012.6.29】

(T子記す)
Kは駅前の花壇に腰かけて待っていた。
私はKを見ながら、まっすぐ歩いて近づいた。
手をあげて合図するKに、私はいろんな意味をこめてうなずいて見せた。
Kはこのまえ会ったときよりも輝いていた。
ひどい生活でぼろぼろになっているかと思ったのに、わりと元気そうだった。
聞けば、昨夜は公園で夜7時から朝4時までよく寝たからとのこと。
☆☆
駅前スーパーで買い物。
シャルドネ1本、日本酒5パック、レバーのフライ、パン、カッパ巻き、ロースハム、枝豆、ポテトサラダ、ごぼうサラダ。
☆☆
梅ヶ丘図書館そばの公園は広々として緑豊かで、とても良い環境に思えた。
ピクニック用のテーブルとベンチもある。
6時から2時間半、そこで飲んで食べて、いろいろ話した。
帰り際、2万5千円渡した。
☆☆
公園で飲むのは、面白いね、と私。
公園面白いよ、猫も鳩も雀もよく太ってる、とK。
トイレはある?
あるよ、たくさん、きれいだよ。
☆☆
Kは公園でよく会う常連たちを「ホームレス」と称している。
ホームレスには見えないが、暇をもてあましたような中高年が何人もいた。
半分ホームレスだけど、みんな明るい、だけどあいつら年金もらってるからいいよな、とK。
帰宅拒否症は主にサラリーマンだよね、あのひとたちは家にいづらいから出てきているんでしょ、と私。
俺、自宅近くでホームレスやるのはどうかと思うけど、とK。
☆☆
つつじの植え込みに自炊セットを隠しているおやじもいる、毎日来るばばあもいる、雨が降るとみんな図書館に避難、本借りて外で読んでるやつもいる。
しかし橫浜の公園にはこういう人々はいない、東京のほうが状況きびしいのかも、と私。
年金もらえる以前の現役世代が一番困っている。
まったくねえ、セーフティネットも何も機能していないもんね。
☆☆
この四阿で台風をやり過ごした。
屋根はあるけど、吹きさらしじゃん。
☆☆
私が飯田橋にいるって知ってたの?
知るわけない。
だけど取材直前にメールを寄越すなんてタイミングがよすぎる、だから私も流れに乗ってみた。
☆☆
これからあんたどうするつもりなのか、それを聞きに来た、とうとう行き詰まってバイトする決心がついたのか?これまで何してたんだということになるけど。
シルバー人材センターで斡旋する仕事は、たとえば書道やってた人に賞状を書かせるとか、そんなのだぞ。
だけどあんた何かしらしないとやっていけない、係員に相談しなさい、どんな仕事でもいいじゃないの、一時的なものだと思えば。
自分の酒たばこ代ぐらい稼がないとね。
☆☆
俺は昔から稼ぐの下手だよな、俺がしていた映画の仕事は仕事じゃないんだ。
私だって、やりたいことを続けていくために、仕事がうまくいかないときは苦労した、資金繰りが苦しいときはラブホテル清掃のバイトもしたし、関内のクラブでホステスもやった、自分の大事な仕事と事務所を守るために。
☆☆
それにしても、あんたも長いこと仕事してきたんだから、「これなら自分はできる」というものをつかんでいていいはずなのに。
☆☆
あんた人に頭さげられないのよね、私にはこれだけしつこくせびるくせに……私はそういうことできないけど、仕事でなら、自分はこういうことができますって堂々と売り込むことができる。
☆☆
(私がアルフ○ポリスもハローワークで見つけたと知ってKは驚いていた。言ってあったのに)
「T子さんのキャリアならリライトを頼みたい、外注で」と言われた、「でもそれじゃやだ、1ヶ月でいいから雇ってくれ」と言ったら、「いいよ」と社長が。
☆☆
私は明日も明後日も忙しい、ライトノベルを書き上げて、ミス日本の本の監修を頼んだ医者に会わなければならない、今は単行本の仕事が3冊入っているから9月いっぱい忙しい、仕事が決まっていると精神的に楽です、業界に動きが出てきたみたい、映画の業界はどう?
だめだ。
プロデューサーでなくても、現場監督とかできないの?
俺がやってたプロデューサーなんて現場監督みたいなもの、今は若いやつらがやってる、石井さんのも始まったみたいだが、俺はギャラが高いから使ってくれない、安くてもいいんだけど。
困ったね。
☆☆
最後に仕事してから1年たった、この1年はおまえのおかげで生き延びた。
1年前のこと憶えているよ、私はアルフ○ポリスにいて、三田文学から電話があったのもこの時期、あんたは「手が震えるのはまだ早い、もらってからにしろ」と言った。
☆☆
単行本の仕事が忙しくなってきたし、夏は雑誌の仕事も入る、あんたが何でも書くなら仕事まわすのに、それから私はトランジットが三田に出たあとスクランブルを見てもらって改稿する、ライトノベルももうじき仕上がる。
前向きだね。
☆☆
あんた私をばかだと言うけど、実は頭いいんだよ、私はあんたの10倍才能がある。
(酔って調子こいてしまった)
☆☆
今後もし、横須賀のことを書いてくれとオファーがあったとして、あんたに代わりに書いてもらってもリライトしなきゃならない。
そういうの、もうやめよう。
だよね、あんたのリライトするのは大変だから。
☆☆
だけど、あんたがいたからトランジットが書けた。
俺のことを書け。
トランジットとスクランブルで書いた、もう書かない。
☆☆
あんたこそ、私のことを書いてよ。
おまえのこと短歌にしただろ、鈴木いづみと阿部薫につながる歌。
いづみさんや阿部さんのまえに私がいるんだよ。
☆☆
あんたの短歌もさあ。
わかってる、(仕事として成立して)金もらえるとなったら、ちゃんと書き直す。
☆☆
阿部薫のことは書かなくていいよ、あんたおかしくなるから、阿部さんの人生は終わっている、あんたまで引きずられることはない。
☆☆
男でしょ、しっかりしなさいよ。
そういうの、あんまり関係ないと思うけど。
そうよ、男も女も関係ない、私はお母さんにも弟にも従姉妹にもみんなに頼りにされてるからしっかりしないといけないの、みんなのこと心配だし、心配かけたくないの。
俺のことも心配(世話)して。
あんたのことは知らないよ、私はあんたが浮上するのを見守る。
どうやって浮上する?
わからないけど、とにかく自力で。
☆☆
Kは酒も煙草もなくてもいられる、本は読めるが書けない、とも言っていた。
☆☆
煙草はしけもく拾って吸うが、ライターがなくて困った、とKは言い、その話題から、私は従姉妹の火傷のことを話した。
それで昨日おとといは大変だったんだよ。
従姉妹の別れた亭主は?
○○○中毒なんだよ。
☆☆
あんた、やっぱり家族は捨てられないと言った、それだけ娘さんたちがかわいいんだろうね、離婚しても気持ちは変わらないとも言ったんだよ。
Kうなずく。
その気持ち、伝わっている?
誰に?
家族に。
伝わっていなくてもいいんじゃねえの。
それじゃだめでしょ、言わなくてもわかってくれると思うのは『甘えの構造』土居健郎、あんた食べるものも食べないで家にお金入れてきたんでしょ、それなのにまるで伝わっていないなんて、私だって立つ瀬がないよ。
もう終わりなんだ。
あんたが家族を捨てたんじゃなく、家族が俺を捨てたと言ってたね、だけど私はあんたの家族や妹さんの気持ちが想像つくよ。
☆☆
土日ずっと家に帰らないなんて、悪化してるね、あんたが帰らないからみんな怒ってるんじゃないの? 私も所帯をもっていたときは、うちのが帰ってこないと怒ってたもん、こうやって女の心理を教えてあげてるのに、あんた、言うこときかない、あんた家族と仲良くしたいんでしょ、だったら帰ればいいのよ、仕事見つけてさ。
☆☆
自宅にある荷物どんどん捨ててるけど、ノート65冊、これが……
☆☆
eルームというのを検索してみて、水道光熱費込みで月2万8千円、コインシャワーだけど、私のアパートより安い。
☆☆
だけど本当にこれからどうするつもり?
もう死んじゃいたいの。
そういう話はやめてっ。
T子がなんとかしてくれると思ってるの?
(K一応は否定する)
☆☆
私が偉くなったら、あんたに自由に書かせてやりたいよ。
書かなくてもいい。
そう、じゃ自由にさせてあげたいけどね、月に20万くらい自動的に払い込んでさ、だけどそうなる前にあんた、ぶち壊してるんだもん、やり方が下手だよ。
この前は悲惨だった、おまえと喧嘩して。
あんたが勝手に喧嘩ふっかけたんだよ。
そのあと、お袋に会いに行って会わせてもらえなかった。
なんで?
酔っ払ってたから、あと身分証明書持ってなかったから。
なんだ、そんな理由だったの、私はまた、あんたがお母さんに会えばお金せびるから妹にシャットアウトされたのかと思った、なんだ、いきなり会いに行ったから断られたのか。
だけど息子なんだぞ。
それでも、そういう仕組みになってるんでしょ。
(Kはお母さんに会うのが恐くてつらくて、飲んでいたのだろう)
☆☆
妹の連絡先は消した。
あんたは私に、もう何もしなくていいと言った、私の連絡先を消すと言った。
(Kはそれを私の目の前で実行した。修理に出した携帯にデータが残っていることを見越しての行動だったのだろうが)、そんなふうに騒いでおいて何よ、言うことがコロコロ変わるんだから。
☆☆
あんた、大事なものを大事にできなくて、そのストレスに負けちゃうんだよね。
☆☆
私が公園のトイレに行くとき、Kはついてきてくれなかった。
「平気だよ」と言っていた。
何かあって、きゃーっと叫んだら、すぐ来てよ。
☆☆
本はよく読んだ、とK。
私は図書館の本を年に200冊、あんたはその数倍でしょ。
☆☆
松尾芭蕉のこと、よくわかった。
(芭蕉以前は連歌だったことなどを説明してくれた)
K酔う、小芭蕉、とK。
それ憶えてる、「近松・西鶴・芭蕉の3巨人を超える戯作を書いちゃえば?」と私が言ったら、あんたは「K酔う」と返してきた、そんなのでよく酔えるなと思ったけど。
(井原西鶴は日本のシェークスピア? そんな話もしたっけね)
☆☆
ワイン半分残ってるから飲んじゃって、私これ以上飲んだら帰れなくなっちゃう、かったるくなる。
☆☆
奥さんはたぶんまだあんたのこと好きだと思うよ、じゃなかったらとっくに別れてるよ、10年、15年と不仲でも、夫婦の関係が修復するケースもあるらしいよ。
そうする必要はない。
☆☆
2時間半が過ぎ、あたりは真っ暗。
☆☆
朝焼けと夕焼けが見られるところに住みたいな、ということは高台だよね。
Kうなずく。
☆☆
追浜の喫茶店ではじめて会ったとき、あのときからはじまった、そのことを詠んだ短歌があるよね。
知らない。
あるよ、忘れちゃったの? 明日どうなるか今日どうするかという切羽詰まった生活だからそれどころじゃないんだろうけど、そういう純情な気持ちをなくしたらアンフォゲッタブルは書けないでしょう。
☆☆
俺は自分がどういう人間かわかってる。
(と言ってKはゴミを捨てに行った)
☆☆
私はだいぶ気が済んだし、この1年、2年、楽しかったからいい、だけど幻滅して終わりにするのはいやだ。
K笑。
私が切望していたものはもう手に入らない、持ち主のあなたが失ってしまった、昔の輝きを取り戻せとは言わないけど、もう少しなんとかしてよ、男の人は年とってから素敵になることもあるのだから。
☆☆
家族と仲良くしなさいよ、それで女友達のことも大事にするんだよ。
女友達って、おまえのことか、あとほかには誰がいる?
知らないよ、私は男友達を大事にしてるよ、みんなうちの弟のことまで心配してくれて、金儲けの話も持ちかけてくれるらしい。
☆☆
女友達と呼ばないで〜。
それ何だっけ? ああ、オックスの歌か。
(ふたりで合唱)
☆☆
そろそろ帰ろうか、と私は言った。
駅まで行く、とK。
Kは私に橫浜へ連れ帰ってほしかったのだろうか、わからないが、少しだけ心細そうだった。
さっき、私にも「公園のベンチで寝ればいい」というようなこと言っていたし。
☆☆
ジョギング中の男がいて、私は思わずKの腕をとった。
あたし、知らない男がジョギングなんかして近づいてくると恐いんだよ、いつタタタッと迫ってくるかわからないから怖い、女は何度も痴漢の被害にあっているからね。
久しぶりに腕を組んだのに、私はすぐに手を放した。
そのあとまた別のジョギング男が近づいてきたので再び腕を組んだけれど、このときもわりとすぐに放した。
なぜか、そうしなければいけないと思って。
(しかし、こんなふうに女のほうから寄り添ったり腕につかまったりすると、男はナイト気分になるものなのか?)
☆☆
おうちに帰りなさいよ、みんな喜ぶよ。
喜ばない。
なぜそこまで怒らせちゃったんだろう? 暴言吐いたんでしょ。
暴言は……(と言葉を濁すK)
☆☆
携帯なんかどうでもいいから、月曜にはハローワークとシルバー人材センターに行ってよ、そうじゃないならお金おいてかない、1杯飲ませて終わり。
(それでもいい、というようにうなずくK)
☆☆
信号を渡るとき、Kは車が来ないことを確かめ、私のほうに手を差し出した。
でも私はその手につかまらなかった。
☆☆
駅前で財布を出し、2万5千円渡した。
飲食に4千円ほど使ったから、5千円ねぎったのだ。
☆☆
私は「じゃね」とあっさり改札へ向かった。
振り向いて、帰れ、帰れと手で合図したら、Kは笑っていた。
いつもの笑顔と少し違う表情だった。
なんというか、世話になっている人のご機嫌を損ねてはいけないとでも思っているような、迎合的な笑顔という感じだった。
☆☆
2、3時間で別れても、別に悲しくない。
ずっと一緒にいたいとは思わなくなった。
Kが盛り返してくれること、K自身が私を好きなんだと認めてくれることへの希望をまったくなくしたわけではない。
連絡をとりあい、つながっていられればいい。
なるようになる、と思って静観したい。

…………………………
2012.6.30
(T子記す)
慶應義塾大学出版界の本『幸福の逆説』、その中の、「メディアは幸福か」という論文について、昨日Kと話した。
報道する人間の意識がてんで幸福でなく、不幸な現状を助長するような偏見と先入観にとらわれていること、そして、広く知らせるべき情報の収集と分析がなされていない点を突いている。
こういう仕事を私も手伝いたい。