【2012 July】
2012.7.19
●K君──矢作俊彦『ロング・グッドバイ』
ディープな横須賀と横浜の「描写」が魅力だろう。
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(↑わざと返信しなかった)
(↓翌日またメールがきた)
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2012.7.20
●K君──見事に寒いな。
『Aサインデイズ』見てごらんよ。
デッキあるんだろ。
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●T子──いずれ、ツタヤのオンラインで取り寄せて、観ます。
身体だいじょうぶでござるか。
仕事が決まる確率は高いの低いの?
警備、清掃も、一時的ならいいじゃん。
とりあえず稼ぎをつくって、引き続き、仕事探しをしながら、書く。
横浜横須賀の描写は、ディープでブルージィでホンキートンクなのがいいよね。
読者に、たまんねぇな、って言わせたい。

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2012.7.21
●T子──仕事が決まったら、おうちで寝ないと通えないよね。
それは可能なのかしら。
夜勤を探しているの?
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●K君──わからない。さむいな。
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2012.7.22
●T子──寒い日が続いていますが、お変わりありませんか。
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●K君──寒いです。
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●T子──酒タバコなしの生活?
食事は朝だけ?
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●K君──そのとおり。
ひたすら読書。
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●T子──よく、もつね。
意外にも、精神力が強いのか。
幸運が訪れることを祈る。

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2012.7.23
●T子──起きてる?
ミス日本の仕事はあと少しで終わる。
雑誌の仕事は、今季はわりと少なかった。
次にやる予定だった単行本は、2冊とも、作業開始が延期になってしまった。
相変わらず、情勢は厳しい。
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●K君──蚊
暖かくなりゃ、蚊。
昨日まで、寒くて膝が痛かったのに。
まあ、のんびりやりなさいって、ことだろうね。
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2012.7.24
(交信なし)
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2012.7.25
●K君──どうしてる?
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●T子──どうもしてない。
夜は読書。
macで映画。
スピーカーつないだから音がいい。
あなたは? だいじょうぶなのかしら。
三軒茶屋に住んでる男友達に、近隣に何か仕事ないか探してもらってる。
ダメ元でね。
よけいなこと、と怒らないでね。
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(その男友達からの返信)
私も5~6年前から仕事がなくなり、派遣やアルバイトで食いつないできました。
職種を選ばず応募しても、ヘタに大学なんぞ出てると務まらないだろうと断られたりもしました。
男はつらいよ、です。
諦めずに探せば、きっといい仕事が見つかると思います。
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2012.7.26
●K君──おはよう。
人生、風雲急。
蚊に負けそうだ。
TELこう。
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(電話した)
(T子記す)
1時間ほど話した。最初は、私にいろいろ世話になってきたことへの礼など言うから不安で怖くなった。
いったい何が言いたいの? ドキドキするからやめてくれ、と私。
Kは、大丈夫だ、と言い、石井監督のスタッフが脚本を持って公園に来た話をしだした。
Kは、今や公園暮らしの身となったことを映画業界の仲間に話していたらしく、噂を聞き及んだ石井監督が見かねて、現在進行中の現場に呼んでくれたとのこと。
それでKもすでに一度現場に顔を出したようだが、石井さんがKによほど執心しているのか、やることなすこと細部まで見ていて、女以上に執拗なのでいつクビにされるかわからない、とKはこぼす。
同情して仕事をくれるのは有難いが、現場に来ても余計なことは一切するなと言われているようで面白くない、自分としても石井作品にはもう飽きている、いっそ公園暮らしも悪くない、次回作はハリウッドも関係する超大作だがそれまでもつかどうか、とKは逡巡している。
それでも、Kはこうして映画の仕事に呼ばれることを待っていたのだということが私にひしひしと伝わってくる。
☆☆
家では、女房が明日から実家に行くので、ようやく布団で寝られるかと思ったが、長女にまで「横須賀に行けばいいじゃん」と言われてショックだったとのこと。
もうだめかな、家庭崩壊、10年もこんな状態だから疲れた、子供たちは自力でやっていける、俺よりもアルバイトしやすい、雇ってもらえる、下の子が大学に入って力が抜けた、家庭のことはそろそろ結論を出さねばならないだろう。
(とKは何度も、意味ありげに言う。そんなことを私に言われても困るのだが)
K君は頭で考えていることと胸の内、腹の底、口で言うことが、すべて一致していない、と私。
その点は本人も認めた。
本音がわからない、心と裏腹なことをしている、家に帰りたくない顔も見たくないと言っていながら家族を恋しがっている。
家族に対する執着があることを本人自ら認めたが、同時に、「それほど執着していない気がする」というようなことも言っていた。
そうした矛盾や、時により変化する心情は、理解できる。
☆☆
石井監督を含め業界人(今の現場の人々)の多くは家庭を持っていないとのことであるから、Kも家族や家庭から解放されて生きればいい、と思う私であった。
☆☆
石井監督の現場に行け、せっかくの厚意に背いたらそれこそ不義理だ、ごねるな、相手が求めていることを察して対応しろ、あなたは機転が利くのだからできるはず、この現場から次の仕事につながるようにしろ、と伝えた。
それでも尚、ぐずぐず言うK。
話は堂々巡り。
☆☆
結局、私にこの急転直下の現状を報せて、あれこれ聞いてもらいたかっただけみたい。
気になったのは、8月に私の小説が本になるとKが勘違いしていたこと。
頭がおかしくなったのではないかと言うと、そうだ頭おかしいんだとKは言う。
☆☆
Kは矢作俊彦のロンググッドバイを以前にも読んでいるはずなのに、それを忘れてしまったようで、2種類あるのだというような言い訳をしていたことも、やはりどこかおかしい。
(別バージョンがあるの? それともチャンドラー版のことか?)
☆☆
俺が死んじゃったら石井さんに借りてる200万返してくれるという話はまだ生きてるのか確認したかった、などと言うのも変。
さらにKは口を滑らせたのか、石井さんよりも家族に金を渡してもらいたいような口ぶりだった。
なぜ私があんたの家族に?と言ってやった。
むしろ私のほうが家族から返してもらいたいよ、私がKに貸したお金のほとんどは家族の生活費にまわったのだから。
(↑というのは口にはしなかったが)
☆☆
しかしそれにしても、私よりも奥さんのほうがいいのだろうか、単に情ではなく?
女房は気が強いから将来ぼけるだろう、そうなったら可哀想だな、などとKは先々のことまで心配している。
私はどうにもこうにもそれが気に入らない。
K君はT子が一番好き、というようになってほしい。
でもまあともかく、映画の仕事が入ったのはよかった。
さっそく私に知らせてくれたことも喜ばしい。

…………………………
●T子──現場で仕事中?
前にも言ったけど、「ポン・ヌフの恋人」という映画、ぜひ観て!
パリのホームレスの男と女、橋の上、どうやって撮ったのだろうと驚嘆するシーン続出。
☆☆
「もう遅い」と娘さんが怒ったのは、「ずっと待ってた」と言いたかったのだと思うよ。
☆☆
私は寝ます。おやすみなさい。
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(T子記す)
映画の仕事が忙しくなれば、私に連絡してこなくなるのではないか、という不安に頭を支配されてしまう。
私も執筆に没頭すれば、不安は払拭できる。
☆☆
結婚しようか、とメールで告げたその後に続く文で、彼は、家庭内で孤立している哀しみを訴えていた。
そんなことを聞かされてさえ、私は不満も失望も怒りも抑えてきた。
むしろ無視してきた。
そうしないと自分が哀れに思えるから。
☆☆
しかし今、こう気づく。
あれはKの照れであり、一緒になりたい理由の第一は哀しみであるかのように見せかけただけなのだ。
私の心に傷(かすり傷だが)を負わせることに自責の念があったはず。
心証を悪くするということも、書いた本人がよくわかっていたはず。
それでも我がままな振る舞いがどこまで許されるか験さずにいられない気の弱い人なのだなあ。
☆☆
Kが仕事をしくじらないようにと案じている。
Kのどこが問題となりやすいのか、憶測ではあるがわかってきた気がする。
作品の内容や創造過程に批判を加えるなら、単に文句をつけるだけではいけない。
具体的な解決策または方向性を示唆するクリエイティブな批判を提言すべきである。
その提言が、自己本位のものであってはいけない。
主観(思い込み)や個人的な好みに依拠していると、見当違いの批判となり、突くべきポイントがずれる。
己の存在感を訴え、虚栄心を満足させたいがためにものを言えば、他人は見事に底意を見抜く。
自惚れや気取りが見抜かれるのと同じである。
自己愛にふける女は美しく見えない。
美しく見えるのは、自意識から離れているときである。
無心、あるいは謙虚さが必要。
☆☆
そのうえで、チーム全体または作品そのもののためを思って成される言動であれば、周囲への説得力は増す。
信頼も増す。
よって、株が上がる。
実るほどこうべを垂れる稲穂かな。

…………………………
2012.7.27
●K君──引っ越し
らしい。
荷物処分のメールはきた。
処分しよう。
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●T子──日記ノートは?
捨てがたいものは預かってあげる。
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2012.7.28
●K君──住所
教えて。
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●T子──やはりダメでしたか。
〒232-0000
横浜市○区○○○○○
日記帳だけ?
映画の現場、ちゃんと通ってる?
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(電話あり、10分ほど話した)
(T子記す)
Kは言った。久しぶりに布団で寝た、家人は月曜に戻ってくるので俺はそれまでに家を出ていかなければならない、(ちゃんと話し合ったの?)、子供経由で話は伝わっている、俺が公園で寝ていることも知っている、今月の家賃が払えない、先月は娘が払った、息子の学資も要る、だから金を入れられないなら出ていけということ、娘もこう言っていた、ママと一緒にいられないよねと、月曜はロケハンがあるので行く、そうやってだましだましやっていくしかない、日記帳だけ預かってほしい、着払いで、(えっ、すごいね)、資料は捨てる、(段ボール箱2つまで預かりOKだから、資料も入れなよ。うん、わかった。)、映画の現場で撮った写真も含めアルバムは重いので捨てた、(写真だけ剝がしてとっておけばいいのに。剝がすの面倒だ。)、パソコンや服や靴はどうするか、(すぐに使うものは自分で持っていないと意味がない。そうだな。)、そのほか一切は家人に処分してもらうしかない、朝日新聞に載った短歌の紙面をとっておこうかどうしようか迷っている、(短歌撰はとっておいたほうがいい、日記帳と一緒に入れておけばいい。そうか。)
☆☆
ご家族が家賃の安いところに移るのはいいと思うけど、本当に引っ越すのだろうか。
本当だとしても、Kを急き立てなくてもよさそうなものなのに。
Kが働きたくても働く場がないという事情を斟酌せず、お金を入れられなくなったとたん出て行けというのはひどい。
☆☆
これまであなたが入れてきたお金は何だったのか(一時期は1千万の収入あったのにな、とK)、つい先頃もわずかながら入れてきた(無理して15万入れてた)、だからあなたも家にいる権利がある、引っ越し先は狭くて部屋数がないだろうと予想されても、あなただけ連れていかないというのは人権蹂躙じゃないのか、あなたの人権が無視されている、家族なのにひどいね。
家族じゃないってことなのだろう、そうやって怒る人もいるよ業界の中には、でもこれは家庭の問題なので理屈が通らない、致し方ない。
とKは少し鼻声だったが(風邪ぎみ?)、わりとサバサバした口調だった。
☆☆
私は思う。これでついに別居が実現する、離婚に至らないことは少しもどかしいが、私にKを抱え込む気はないのだから、特に気にすることではなかろう、気になるのはKの気持ちだ、今のKは私と一緒になりたいというわけではない様子である、私を頼って何とかしてもらおうともしていない、私たちは少し距離をおいて縁をつなげていくのが良いのだろう、そう心得て私はやっていく。
☆☆
家族との別離は心の痛手も大きかろう、でもそんな折にちょうど運良く映画の仕事が入ってほんとによかった。
これはアイデンティティの問題だ、とKは言っていた。
現場にいれば食事ができる、シャワーもあるらしい、酒と煙草だって何とかなるだろう、引き続き次の仕事もあるようだし。
☆☆
Kいわく、石井さんはやさしいけれどわがまま、要は、石井さんのご機嫌損ねなきゃいいのだ、とのこと。
☆☆
(Kは獅子座)今月の獅子座の運勢は、「あと少し頑張ってみましょう。その先にある明るい未来のために…。この時期は、物事が思うようにはかどらなかったり、ついてないと感じることが多くなるかもしれません。何ごとにも答えをすぐに出したがるあなたにとっては、じわじわと焦らされている感覚に陥るかもしれません。だけど、実は今があなたにとって正念場。ここでどれだけ粘り強く食い下がれるかどうかが、運命の分かれ道とも言えるでしょう。だから、簡単にあきらめてはダメ。自分にできるすべてのことをしつくして、後は天命を待つのみ。それが今あなたに与えられた使命なのです」
続いて来月の運勢は「外気が熱ければ熱いほど、あなたの心も燃え上るシーズンが訪れました。夏本番は、まさにあなたに活躍の場が与えられる時。日頃ありあまるエネルギーを放出するチャンスにも恵まれます。だからこそ、あなたから幸運に歩み寄っていきましょう。ネガティブな感情を心に留めておくのはダメ。いつまでもなにかに執着しすぎるのもいけません。この時期は、きれいさっぱりしがらみを断ち切った時こそ、あなたの元に幸運が訪れるのだから。古いものを捨て、新しい道に進むことを恐れないで。大きな一歩を踏み出した時、明るい光が差し込むでしょう」

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●T子──あづさと私の写真はどうした?
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2012.7.29
●T子──荷物2つ、届いた。
(Kの日記帳をすべて預かる)
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(深夜、電話あり)
(T子記す)
Kは石井監督と食事をして、酒を飲んでいて遅くなったらしい。
やはり私の声が聞きたくなったのだろうか。
☆☆
梱包してあるほうの日記には手をつけない、だがすでに包みの端が破れている件を知らせる。
あづさの写真は「アンフォゲッタブル」のノートの間に挟まっているとのこと。
☆☆
撮影現場は9月半ばまで続く、食も寝場所もあるので大丈夫、家族はほんとに引っ越すらしい、別居はしても金を入れる意志ありとのこと。
別れてしばらくはつらいよ、情緒不安定になるよと私は言ったが、俺はそうでもない、1ヶ月で平気になるだろう、とK。
去る者は日々に疎し、だからね、と私。
☆☆
だけどこれからどうなるのかまだわからない、私には関係ないことだけどさ、でも支えは必要だから私が身代わりにされるのかな、あんたは仕事をしていればそううるさくしないだろうと思うけど、と伝え、さらに8月の獅子座の運勢を教えた、過去のしがらみを断ち切ってほしかったので。
☆☆
Kは今、映画の業界に入ったときと同じような感覚でいると言う。
アンフォゲッタブルで阿部薫と大槻節子、あの時代を描くつもりでいることを石井監督に話してあるとも言った。

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2012.7.30
(電話あり)
(T子記す)
映画で、人工授精についてレクチャーしてくれる産婦人科医を探しているとのこと。
新大久保の○○先生と逗子の○○先生を教える。