【T子記す】

こうまで執念深い自分を恥じつつ、Kの日記を読み、気になる問題の箇所を書き写してきた。
つらい作業だった。
終えてからしばらくの間は、寝込んでしまった。
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ひととおり読んで、実情がわかった。
Kは横須賀時代からずっと女の稼ぎに依存していたのだった。
東京で暮らせるようになったのも女のおかげだった。
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一時期は映画の仕事で収入を伸ばしが、フリーランスの身で家賃の高いマンションに住み、子供3人を大学に行かせるのはやはり無理があった。
本業のほかにアルバイトをしても追いつかず、実家に借金を重ねている。
それでも足りず、色じかけで女から金を引き出している。
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そんな生活の中でも、Kは物書きになりたがっていた。
それも叶わぬので家族から離れてひとりになろうとしたが、本心は家族と別れたくない、女房に頭が上がらない。
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横須賀時代、私とつきあっている頃から別の女○○さんがいた。
私と別れた痛手からすぐに立ち直り、ほかに女を見つけていた。
○○と○○と○○と○○、この4人の存在が大きい。
私とのことはアンフォゲッタブルではなかったのだ、というショック。
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思いのほか、○子に執着している。
子供たちの母親だから情が深まったというだけではなさそうだ。
相性がいいのか。
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私とのことは、こう書いている。
「夫婦生活というものの可能性なかったし、今後もない。やっぱり、4泊5日の情事、Love Afairと呼ぶものに等しい。愛人よりは、幼馴染み、初恋……。”同志”ではないか」
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「”夫婦生活”とは、夫婦生活が10年途絶え、この先離婚したとしても○子だけだ。Lessも含めた、それだ」
と、私とデートした直後の9月1日に書いている。
しかしKは言うことがコロコロ変わるし、実際の言動と日記に書くことに乖離がある。
だから私は、私のデートノートに綴ったKの姿を真実と見なす。
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Kはお金と仕事と生活の場を求め、そして文学志向があるがゆえに私との距離を縮めた。
私のご機嫌をとるための言動もいくつもあった。
そんなKの裏側を知って衝撃を受けたが、おかげで目が醒めた思い。
私とKが一緒になることは、この先まずないだろう。
お互いに関心の続く限りは縁をつなげていく、というのでいいじゃないか。
あるいは、どのような関係も変化しうるのだから、自然消滅することもあるかもしれないし、一発逆転で私が愛されることもあり得る。
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Kは妻と子供たちが一番好き。
私よりも奥さんがいい。
私よりも好きになった女が何人もいる。
私のことはとっくにどうでもよくなっていた。
この2年、私に惚れなおしたわけではなかった。
結局、自分に利する人物のことを気にかけるのだ、あいつは。
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Kの容姿、声や話し方、ノリの良さが、私は好きだった。
一緒にいると最高に楽しかった。
Kじゃなきゃだめなのだと思ってきた。
しかし、Kの内面すべてが好きというわけではない。
好み、センス、志向性は異なる。
異なっていいのだが、違和感や反発を覚えることもある。
Kの書くものに共感できないときもある。
Kの能力や才能に惚れるというほどでもない。
愛してもらえぬ腹いせに悪く言うのではないけれど、今も大好きかと自問すれば、好きは好きでもそれほどじゃない。
嫌な面もたくさん知ってしまった。
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この2年間のことは、トランジットとスクランブルを書くために、そして私がKを卒業するために必要だったのだ。
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Kはブスが好き。
Kに愛されるかわりにこれ以上ブスになってもいいかと訊かれたら、私はノンと答える。
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古典本企画立案の時期に、「T子は信じやすくてすぐに喜ぶ馬鹿なんだから、うかつな対応をするな」と編集者に立腹していたのは、「結婚しようかっ、と言ったのを本気にしやがって」と思っていたからだろう。
今の私は、あんな厄介な男と結婚するのは嫌だと思っているよ。
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「○○を俺の嫁さんにする」と日記に書いていた。
○○○○と交際している時期は、「○○○○○とのときのように失敗したくない」とも書いている。
T子と失敗したことは何ら記されていない。
だが、九月の冗談クラブバンドで岸壁の落書きに「T子」の文字が最も大きかったのは何故なのか。
落書きに「○○」の文字もあったと記憶している。
ならば当然、「○○」「○○○」「○○○」「○○○」の名も描いただろう。
ビデオで確認したら、「T子」のほかに「○○○」とあった。
日記に私の名は登場しなくとも、映画の落書きではともかく「T子」だったのだから、私への執心は疑いのないところ。
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私とのことを日記に記さなかった理由は、私が他の男と一緒になってしまったことへの怒り、あるいはKなりの意地なのか。
T子のことなどどうでもよくなっていた、とは思いがたい。
後年はどうでもよくなった、ということ明らかなのだが。
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しかし、T子のことなどどうでもよいどころか、T子にアプローチされることを嫌がっているような記述もあった。
そのことを知って私は怒りを覚えた。
怒→憎悪→嫌悪→無関心へと進行する。
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買いかぶっていた。
見損なった。
だから、K以外のボーイフレンズを一挙再開した。
おかげで、わりと忙しい。
