書き方・話し方のマナー

表記統一の観点からいうと、「行う」ではなく「行なう」が正しい

投稿日:2020年2月27日 更新日:

私の職業はブックライターで、原稿の執筆および代筆、そして文字校正やリライトに携わっています。

私が関わる書籍はたいてい1冊あたり200ページ前後で、文字数は8万字から10万字です。

けっこうボリュームがあります。

その全体を通して、漢字や送り仮名の表記統一がなされていないとなりません。

たとえば、「幸せ」「しあわせ」が混在しているようではいけないのです。

「〜して欲しい」と書いたなら、その後もずっとそれで通すべきで、ところにより「〜してほしい」となっているのは、よいことではありません。

表記統一がはかられていないと、めざとい読者は興を削がれ、読む気をなくしてしまう場合もあります。

ですから私は万全を期すために、原稿の校正・リライトをする際には必ず、「表記統一メモ」を作成します。

「これは要注意」と思う表記について、原稿の中で最初に登場する表記をメモしておき、途中で揺らぎが生じた場合は、初出の表記に統一していくわけです。

初出の表記を「正」とすることにより、著者の意思や意向を尊重しているつもりです。

表記統一メモ

ある著者が執筆した書籍原稿の校正をするために私が作成した「表記統一メモ」をご覧にいれたいと思います。

「要注意」の表記が数多くあるのだということが、おわかりいただけるでしょう。


【表記統一メモ】


○幸せ   ×しあわせ


○ほしい  ×欲しい


○たしかに ×確かに


○途端に  ×とたんに


○一体   ×いったい


○通り   ×とおり


○まるごと ×丸ごと


○余計   ×よけい


○例えば  ×たとえば


○よい   ×良い


○難しい  ×むずかしい


○がんばる ×頑張る


○とき   ×時


○美味しい ×おいしい


○辛い   ×つらい


○全て   ×すべて


○仕方   ×しかた


○仕方ない ×しかたない


○溢れる  ×あふれる


○膨らむ  ×ふくらむ


○ほう   ×方


○既に   ×すでに


○気づく  ×気付く


○いただく ×頂く


○できる  ×出来る


○嬉しい  ×うれしい


○1つ   ×一つ・ひとつ


○うまくいく ×上手くいく


○あきらめる ×諦める


○みなさん ×皆さん


○後    ×あと


○いったん ×一端


○うえで  ×上で


○つきあう ×付き合う

「行う」と「行なう」、どっちが正しい?

表記統一をはかる際に、「おこない」「おこなう」「おこなった」をどう書き表すかは非常に悩ましい問題です。

この難問に関しては、すでにネット上で多くの方が論じていらっしゃいます。

そうした記事を一通り拝見し、一応の結論を以下にまとめてみました。

●1959年〜1972年までは「行なう」が正しいとされていたが、1973年に国語審議会の方針が変わり、「行う」が正しい送り仮名であると明記された。


(「行う」という表記を本則とする旨、内閣訓示が出された)


●そのため、法令・公用文書、新聞・雑誌・放送の文書、論文、ビジネス文書(履歴書や契約書など)においては、「行う」という表記を用いること、とされている。


●「行った」は「いった」とも「おこなった」とも読めてしまう。そうした誤読を防ぐため、「行なった」と表記することが例外的に認められている。


●「行う」は、自分や相手の動作を表す場合に用いられる。


●「行なう」は、何か物事を進める場合に用いられる。


●誤読の恐れがない場合にも、「行なう」として間違いではない、とされている。

↑要するに、「行う」も「行なう」も間違いではないが、公的文書においては「行う」としたほうがよいですよ、ということですね。

ちなみに、国語審議会(こくごしんぎかい)とは、日本の国語政策に関する審議会のことです。

「当用漢字表」「現代かなづかい」「常用漢字表」のほか、改訂「現代仮名遣い」などに関し、多くの建議・答申を行なっています。

1934年に設置され、1949年に改組された後、中央省庁の再編に伴って、2001年に廃止されました。以後は、文化審議会国語分科会が実質的な内容を継承しているそうです。

「行う」と「行なう」の問題について、出版社はどう対応している?

国語審議会(現・文化審議会国語分科会)は「行う」が正しいと定めたけれど、私たちはそれに従わなくてはならないのでしょうか。

プライベートな手紙やメール、ネットへの書き込みなどでは、「行なう」と書いても許されます。

書籍や電子書籍を刊行するときは、どうなのでしょう。

漢字や送り仮名の表記について、通信社や新聞社は各社それぞれに「用字用語の手引き」を作成しているようです。

しかし私の知るかぎり、ほとんどの出版社は、表記統一をはかるうえで拠り所とするルールブックのようなものを作成していません。

よって、個々の編集者や執筆者によって判断基準が異なる、というのが現状です。

共通基準・共通認識と言えるものがあるとすれば、それは、

●評価の定まった読み方や表記に準拠する

●一般の人にわかりやすい表記をする

●書き手の気持ちに沿った表記をする

ということでしょうか。

つまり、世間一般の考えと同じで、「行う」も「行なう」も間違いではないが、できるだけ「行う」としたほうがよい、という姿勢なのですね。

↑私はそこに異議を申し立てたいと思うのです。

合理的なのは良いことだ

「おこなう」は「行う」よりも「行なう」としたほうがいい、合理的だ、と私は思っています。

しかしこの考えは、世の趨勢からして、少数派のようです。

それでも、私と同意見の方を一人、ネット上に見つけました。

「教えて!goo」というサイトに掲載された質問に答えて、その方はこう書いていらっしゃいます。


「おこなう」「行なう」「行う」が混在するのは見っとも無いですよね。


私個人は「行なう」と書きます。
「オコナって」の「行って」が「イって」と誤読されにくくするためにです。

「行なって」と書くなら「オコナう」も「行なう」と書くべきでしょう。

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/4829400.html

↑このご意見に私は深く共感します。実に合理的なお考えだと思います。

書籍原稿は、その全体を通して、漢字や送り仮名の表記統一がなされていないとなりません。

法令・公用文書、新聞・雑誌・放送の文書、論文、ビジネス文書においても、表記統一をはかるのは大事なことです。

結論/表記統一の観点からいうと、「行う」ではなく「行なう」が正しい!!

「行なう」と書く人が増えれば、流れは変わる

漢字の読み方は、時代によって変化します。

「睡眠」は「すいみん」と読みますが、昔は「すいめん」が正しい読み方とされていました。

「蛇足」は「だそく」と読みますが、昔は「じゃそく」が正しい読み方とされていました。

「すいめん」が「すいみん」になり、「じゃそく」が「だそく」になったわけですが、それは世の中の多くの人が「読み間違い」をしていたから、いつしかそれが正解になっていった、ということです。

漢字の読み方や送り仮名の表記は、どれが正しくてどれが間違いかなんて、簡単に決められるものではありません。

政府機関によって定められたものを一方的に押しつけられるのもおかしな話だと思います。

私たちの多くが「行う」ではなく「行なう」と表記することをよしとすれば、流れは変わっていくでしょう。

政府機関(文化審議会国語分科会)も見解を改めるかもしれません。

そうなることを期待して、私はこれからも「行なう」と書き続けます。

関連記事→「か抜き」言葉を改善しよう

-書き方・話し方のマナー

執筆者:


  1. S より:

    執筆者様のご意見に大賛成です。

    『「行なう」「行う」』と検索してこちらのサイトに参りました。
    一歩踏み込んで書いていらっしゃるその行動と内容に感銘を受けました。

    私は「行なう」と学校で習った世代です。習った当時、多分小学2〜3年生くらいだったのではないかと思うのですが、子供ながらに『「な」を書くのか。送り仮名が長くてほかの漢字とは違う法則だな、気をつけて覚えよう』と思ったものです。
    同世代の大切な友人達との私的なやり取りでは、意識して「行なう」を使い、「行う」は避けます。友人達は皆、同様です。
    それが私たちの文化だからです。

    文化に関してお上の決めたことは、その時期の、一つの基準にはなるでしょうが、盲目的に従うのは人間としては違うと感じています。

    (お上は、大人しい二等兵・丁度いい納税者、を大量生産したいんだな、と長い公僕生活で感じてきました。ごく個人的な感想ですが。)

    また、文字を手で書くよりもローマ字で入力する時代になり、機械の変換に色々と左右されることにも違和感があります。

    • writersskill より:

      コメントありがとうございます。心強い味方を得たようで嬉しうございます。「行なう」と書くことを学校で習い、それを私たちの文化であるとして守っていこうとなさる姿勢に私も強く共感いたします。まさに「文化」ですよね!!

  2. b より:

    おこなって と いって を誤読するケースってありますかね?
    文脈で判断できると思うのですが。

    例えば
    「◯さんは■を行って(おこなって)、そして去って行った(いった)」などでしょうか?
    …こんな文章があるとは思えません。
    少なくとも「編集や校閲を必要とするもの」についてはまず考えられません。
    てにをはなどもありますし、まず間違えようがないと思うので「行なう」には強い違和感があります……。おこななう と読んでしまう。

    • writersskill より:

      bさん、コメントをお寄せくださいましてありがとうございます。
      1959年〜1972年までは「行なう」が正しいとされていたが、1973年に国語審議会の方針が変わり、「行う」が正しい送り仮名であると明記された、という事情があるため、かつての表記に馴染んでいる私などは、「行なう」が自然であり、「行う」に違和感を覚えます。
      「行う」という表記を本則とする旨、内閣訓示が出されてからも、「行った」が「いった」とも「おこなった」とも読めてしまう場合は、誤読を防ぐため、「行なった」と表記することが例外的に認められています。この事実をbさんにも認めていただきたいと思います。
      もちろん、文脈や助詞によって「いった」なのか「おこなった」なのかを判別することは可能ですが、たとえば「それは行ってみなければわからない」という文はどう解釈すれば良いでしょう。「何を」「どこへ」といった情報が事前に示されていれば良いのですが、そうでない場合は困ってしまいますよね。
      ともあれ、当ブログ記事の筆者は「表記統一の観点」から、「おこなう」は「行なう」としたほうが良いのではと述べています。
      同一文中に「行った」「行なった」が混在しているのはみっともないからね、ということです。

comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

「い抜き言葉」はカジュアルな場面でのみOK

〜しています。 という文、または言い方から「い」を抜くと、 〜してます。 となり、こういう文や言い方を私は「い抜き言葉」と呼んでいます。 親しい人へのメールやSNSなどで、あまり堅苦しい雰囲気にしたく …

「さ入れ言葉」は上品か下品か?

「させていただきます」と、へりくだった言い方をする人が増えていますね。 へりくだる必要のない相手にへりくだっていることもよくあります。 たとえば、 「デパートで、クレジットカードを使わせていただきまし …

「ら抜き言葉」はOKかNGか?

「自分のベッドで寝るときが一番よく寝れる」 と、ある人が言いました。 私は首を傾げて、 寝れる? それは「ら抜き言葉」じゃないの? と指摘しました。するとその人は、言い換えることを試みたのです。 「寝 …

「語尾上げ」しゃべりが癖になっていない?

語尾上げしゃべり 文章術の本? 少なくとも1冊は読んどいたほうがいいと思うけど? やっぱちょっと面倒?みたいな? わかりきったことクドクド言われるのも嫌って感じ?退屈しちゃう? ↑というような話をする …

「慰め」と「慰み」は、どう違う?

「慰め」と「慰み」は、よく似た言葉です。 どちらも、「気持ちを静めてなごやかにするもの」という意味を持っています。 違う点もあり── 「慰め」という語は主に、「慰める」という主体的な行為と、その具体的 …

2023/06/29

「を抜き」「は抜き」を改善しよう

2023/06/23

「か抜き」言葉を改善しよう

2022/12/01

「お申し付けください」よりも「仰せ付けください」のほうが良いなあ

2022/08/15

男と女の日常茶飯劇

2022/04/01

ライターが習得した速読法

2022/03/30

「十分」と「充分」に違いはある?

2021/12/26

Kindleペーパーバック出版、私もやってみました。

2021/01/19

「XX時からXX時に行きます」という言い方は、変じゃない?

2020/09/07

主語がなくても通じる、日本語の不思議

2020/08/27

チーママ・オーママ/小ママ・大ママ

2020/02/27

表記統一の観点からいうと、「行う」ではなく「行なう」が正しい

2020/02/26

「語尾上げ」しゃべりが癖になっていない?

2020/02/06

TOKYO MXテレビ『5時に夢中!』に出演しました。

2019/11/29

ものの数え方・73選

2019/11/28

馬から落馬・顔を洗顔←重ね言葉はやめよう

2019/11/27

カタカナ語の乱用防止に、この日本語を!!

2019/11/16

「理想」の対義語は□□、「流行」の対義語は□□。

2018/10/18

頭から離れる?離れない? 正しい言い方はどっち!?

2018/09/18

横浜に代々伝わる「ハマ言葉」

2018/09/03

文章構成術/基本フォーマット12種類

2018/03/10

なぞなぞ傑作選・必笑78題

2018/03/09

テープ起こしをすると文章力が高まる!!

2018/03/02

ネガティブなことをポジティブに言い換えるレッスン

2018/02/16

「い抜き言葉」はカジュアルな場面でのみOK

2017/10/03

月の呼称/睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月・文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走

2017/06/02

読点の打ち方を完全マスター!! ①

2017/05/20

文章力/接続詞の乱用禁止!! 大事な場面で効果的に使おう

2017/05/16

文章力/説明がうまい人は「修飾語」(形容詞・形容動詞・副詞の3点セット)に強い

2017/05/05

悪文リライトにチャレンジしてみませんか

2017/05/04

文章力を高める10の行動。すべて試してみる価値あり!

2017/04/30

混じる?交じる? 漢字の書き分けは、頭をやわらかくする知的なゲーム

2017/04/23

先入感?異和感?それって漢字変換ミス? 同音異義語・同訓異字の落とし穴

2017/04/22

「れ足す言葉」は、くどい、しつこい

2017/04/21

「さ入れ言葉」は上品か下品か?

2017/04/20

「ら抜き言葉」はOKかNGか?

2017/04/16

アブない隠語も、正しく覚えれば失敗しない

2017/04/04

ビジネスマナー/尊敬語と謙譲語の使い分け

2017/03/24

日本語の乱れ/あざーす・やばくね? 変な言葉や言い間違いが増えていますね?

2024/04/17

「値上がる」という表現は不適切。名詞を動詞のように使うときは、できるだけ助詞を付けてほしい。

2024/04/15

主語と述語のつながりが微妙にねじれているように感じられる文って、気持ち悪いよ

2024/04/12

「見せる」と「見させる」の違い・「見せて」と「見させて」の違い

2024/04/10

「ご覧になって」の「なって」は省略可

2024/04/09

「万一○○の時は、いつでも力になるよ」、この文はどこか変だと思いませんか?

言葉をたくさん知っていると、話すのも書くのも自由自在。頭を整理しながら自分の思いや考えを的確に伝えられるので、いつも気分よく過ごせます。仕事や人間関係にきっと良い影響があるでしょう!!

当サイト「言葉力アップグレード」は言葉の世界を豊かにし、話し方・書き方をレベルアップする技術を紹介しています。どうぞご活用ください。

follow us in feedly