という故事ことわざがあります。
この一対の語を二つに分けて、
と言う場合もあります。
その意味するところはいずれも、「時機を逸したために役に立たなくなったもの」です。
「今頃そんなことしたって遅いんだよ〜」
と言いたいときに「十日の菊」または「六日の菖蒲」と、遠回しに皮肉るわけですね。
●タイミングを逃さないことが大事
5月5日には菖蒲(しょうぶ、または、あやめ、と読みます)を用意し、
9月9日には菊を用意すれば、
時機にかなったふるまいとして喜ばれます。
1日でも後れてしまえば役に立ちません。
「タイミングずれているなあ」と笑われるのがオチです。
5月5日でなくても、菖蒲を浮かべた薬草風呂は良いものだと思います。
また、菊を愛でるなら9月9日でなければいけない、というわけでもありません。
しかし、バレンタインデーを過ぎてからチョコレートをもらったりすると、「余り物か?」と疑ってしまうでしょう。
クリスマス翌日の12月26日に「さあ、今夜はクリスマスパーティだ」とはしゃいでいる人がいたら、やはりちょっと「ずれてるなあ」と思うでしょう?
それと同じことなのです。
季節感のある暮らしを楽しむには、「絶好のタイミングを逃さない」ということがとても大事なんですね。
●五節句を知っていますか
1月7日 七草(七草粥)の節句
3月3日 桃の節句 ひな祭り
5月5日 菖蒲の節句・端午の節句 こどもの日
7月7日 笹の節句 七夕
9月9日 重陽の節句・菊の節句
↑これらは江戸時代から続く五節句です。
3月3日桃の節句は、ひな祭りの日として広く知られています。
女の子がより美しく健やかに育ちますようにと願いをこめて、お祝いをする日ですね。
5月5日端午の節句も、よく知られています。
男の子がいない家庭でも、デパ地下などで粽を買ってきて食べ、菖蒲湯に浸かるためにわざわざ銭湯へ出かける、なんていうことがあるでしょう。
対して、9月9日が重陽の節句・菊の節句だと知っている人は、年々少なくなっているようです。
重陽の節句・菊の節句をどんなふうにお祝いをするとよいか、85歳の母に聞き、また書物で調べた情報をまとめてみました。
読者の皆様に役立ていただけますなら幸甚です。
●9月9日は何故めでたいのか
中国発祥の思想「陰陽思想」では、奇数は陽、偶数は陰であるとされています。
そして、たとえば3月3日、5月5日、7月7日など、奇数の重なる月日は陽の気が強すぎるので縁起が悪く、その不吉さと邪気を払うためにさまざまな行事が行なわれてきました。
それが「節句」というものの起源です。
9月9日も奇数の重なる日で、しかも「9」という数字は一桁台では最大の「陽」であることから、この日は特に不吉な出来事が生じやすく、人々に大きな負担がかかると考えられていました。
しかし後々、強い陽の重なりは縁起が悪いどころか、むしろ吉祥であるとする考え(これも一種のポジティブシンキング?)に転じ、9月9日を「重陽の節句」と位置づけて祝うことが習慣となったそうです。
具体的には、9月9日を迎える前夜は、菊の花に綿をかけて夜露や朝露を染みこませ、その綿で身体をぬぐって邪気を祓ったということです。
また、当日は室内に菊の花を飾り、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わすことにより、邪気退散と長寿を願ったそうです。
こうした中国の風習が日本に伝わったのは平安時代で、9月9日になると、貴族たちは中国伝来の珍しい菊を眺めながら宴を催し、菊花酒(菊の花びらを浮かべた酒・もしくは菊の花を漬け込んだ酒)を飲んでは厄払いと長寿祈願に励んでいたとのこと。
9月9日の「重陽」を祝う風習は、つい数十年前まではごく一般的に見られるものでした。
明治生まれの私の祖父母、そして昭和六年生まれの父母も、9月になるとよく、「重陽の節句」という言葉を口にしていました。
幼い頃の記憶をたどってみるに、我が家では祖父が趣味で菊を丹精していたので、庭に大きな鉢がいくつも並び、秋には大輪の花を咲かせていました。
祖父は、市が主催する菊の品評会に毎年出展しており、賞をもらったことも何度かあったようです。
といっても、菊花酒が晩酌に用いられたということはなかったように思うのですが、ほうれん草のおひたしに黄色いものが混じっているので、「これは何?」と母に訊いたら、「おじいちゃんが育てた菊の花びらだよ」と教えられました。
と驚いた覚えがあります。
●菊でお祝いする重陽の節句
9月9日という9並びの「重陽」の日だからこそ、厄払いと長寿祈願をしようというのはわかります。
でも、何故そこに菊が登場するのでしょう。
調べてみました。
古来中国では、菊は薬草であり、菊茶・菊花酒を漢方薬として用いてきた歴史があるのです。
菊に宿る力のおかげで少年のまま700年も生きたという「菊慈童(きくじどう)」伝説もあります。
中国において、菊は不老長寿のシンボルだったのですね。
その中国から日本へ、観賞用の菊とは別に、苦みの少ない食用菊も伝来し、奈良時代にはすでに当地での栽培が始まっていたとされています。
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●菊は栄養豊富なエディブルフラワー
食用菊は、花弁の大きさや用途から2種類に大別されます。
小輪のものは、刺身のツマなど、料理に彩りを添えるために使われます。
また、菊には解毒成分が含まれているので、生ものの腐敗を防ぐ殺菌作用を目的として添えられることがあります。
単なる添え物で終わらせず、醤油を数滴垂らして食せば、菊独特のほろ苦い味と香りを楽しめます。
花びらを生のまま酒や汁物に浮かべたり、酢を少量落とした熱湯で茹でてお浸しや酢の物、和え物にしたり、または天ぷらなど、食用に向くのは大輪のものです。
しんなりと茹で上げた花弁はソフトでしなやかな歯ごたえ、そしてその味わいはほのかに甘く、「ああ、これが日本のエディブルフラワーなんだな〜」と感慨深いものがあります。
菊の栄養成分、そして薬効についても、科学的な調査がなされた結果、高く評価されているようです。
菊の花に多く含まれる栄養素は、β-カロテンやビタミンC、葉酸をはじめとするビタミンB群など、いずれも抗酸化作用が高いので、アンチエイジング効果が期待できそうです。
科学的な研究がなされるはるか以前から、経験的に菊の薬効が知られていたというのは注目すべき事実だと思います。
9月9日「重陽の日」を皮切りに、10月、11月あたりまで、季節のエディブルフラワーである菊を積極的に暮らしに取り入れていきましょう。
ただし、食用菊は薬用に用いられる菊花とは成分が異なるので、過度の期待はしないほうがよいでしょう。
●菊花のハーブティー
漢方の生薬として利用される菊花は、解熱、鎮痛、降圧、解毒、肝腎からくる視力低下などに効果があるといわれています。
よりわかりやすく言うと、風邪をひいたときの発熱・悪寒・頭痛を和らげる作用があるほか、血圧を下げる作用もあり、視力の改善・目の充血・化膿性の炎症などにも効果があるということですね。
漢方生薬を購入するなら、やはり漢方専門店で個別相談の上、自分の体質や症状にあうものを選んで購入したいものです。
私はもっと手軽に菊花をハーブティーとしても楽しみたいので、市販のカモミールティーを愛用しています。
カモミールはキク科の植物で、漢方の菊花と同様に解熱や鎮静作用があるとされています。
さらに、カモミールは古くから欧米では健胃剤・発汗剤・消炎剤・婦人病の薬として用いられてきました。
身体を温め、神経を鎮めて安眠を誘うハーブティーとして、カモミールティーは日本でもよく知られていますね。
カモミールティーはカフェインを含まないので、夜遅い時間に飲めることも魅力のひとつです。
風邪をひいたときに飲むと、発熱・悪寒・頭痛を和らげる作用がたしかにあると感じます。
●重陽の日の献立
重陽の節句を祝う食べものには、不老長寿を願う気持ちがこめられているので、敬老の日(9月の第3月曜日・2017年は9月18日)の献立としても最適です。
どんな献立がオススメかとというと──
・栗ごはん
江戸時代から、重陽の節句には栗ごはんを食べる習わしがあります。
栗をむくのはちょっと大変ですが、秋の味覚を存分に楽しむことができます。
米2合に対し、栗400~600g、塩と酒(それぞれ小さじ1程度・好みに合わせて調整)を加えて、炊きあげます。
・秋茄子
「重陽の節句に茄子を食べると中風にならない」と言われています。
焼き茄子や茄子の煮びたしは、高齢者に人気のメニューです。
若い人には、茄子によく合う挽肉を加えて味噌炒めにすると喜ばれるでしょう。
・菊花の酢の物
菊は不老長寿のシンボルとされていますから、敬老の日の料理メニューに加えると、とても喜ばれます。
食用菊の栽培はさかんに行われ、季節になると、さまざまな種類の食用菊が市場に出回ります。
ハウス栽培のものは、年間を通して生産・出荷されています。
栗ごはん、秋茄子、そして菊花の酢の物と揃えば、栄養バランスの良いご馳走メニューになります。
●食用菊の調理法
食用菊は、八百屋さん、またはスーパーの生鮮食品売り場で買うことができます。
干し菊でよければ、アマゾンなどのネット販売で購入することができます。
干し菊ならば、ある程度は保存が効きます。
使いたいときに、少量ずつ使えることがメリットですね。
生の食用菊は、たいていパック入りで販売されています。
花弁を一枚ずつはがす手間が省けていいのですが、パック入りはけっこう量が多いので、とても一度に使いきれません。
まとめて茹でて水切りしたものを小分けにし、ラップにくるんで冷凍しておけば、いつでも好きなときに使えて便利です。
ここでは、生の食用菊を手で一枚ずつはがし、上手に茹でる方法を紹介したいと思います。
●花弁のはがし方のコツ
●外輪部のガクを外します。
●外側の長い花びらから一枚ずつ、手で丁寧にはがしていきます。
●中央部分の短い花弁と、ど真ん中の芯の部分は残します。(苦みがあるため)
●はがした花弁をザルに入れ、流し水でさっと洗って、汚れを落とします。
●茹で方のコツ
●鍋にたっぷりのお湯を沸かし、沸騰してきたら、大さじ2程度の酢を加えます。(酢の作用により、色鮮やかに仕上がります)
●菊の花びらを入れ、全体が湯に浸かるよう、菜箸などを用いて軽くかき混ぜます。
●湯になじませると、花びらの色が少し透き通ったように変わっていきます。
●そこで火を止めます(茹で時間の目安は30~40秒。長くても1分以内)
●花びらをザルに上げて湯を切り、冷たい水を張っておいたボールにザルごとつけて全体をさっとかき混ぜた後、ザルを引き上げて水気を切ります。
(水切りをするために手でギュッと搾ると団子状の塊になってしまう、でも手でほぐしながら盛り付ければ大丈夫、と母は言っていました)
●味付けと盛り付けのコツ
●好みの量を器に盛ります。
(小ぶりの器に少量の花弁を盛り付けると品よく仕上がります)
●好みの調味料、たとえば三杯酢や酢醤油をふりかけます。
(三杯酢=酢・醤油・味醂を1:1:1の割合で混ぜ、好みにより塩を少量加える)
(酢醤油=酢・醤油を1:1の割合で混ぜ、出汁の素を少量加える)
●三島由紀夫が書いた戯曲『十日の菊』
ここでちょっと話題を変えて、「菊」にまつわる文学の話をしてみます。
三島由紀夫は、その生涯に16篇の戯曲を残しました。
そのうちの一篇『十日の菊』は、第13回(1961年度)読売文学賞(戯曲部門)を受賞した作品です。
実際に起きた二・二六事件をモデルとして、陸軍青年将校らによるクーデターで命を狙われながらも難を逃れた大蔵大臣と、その大臣を命がけで守った女中「菊」とが16年後に再会するという物語です。
ヒロインの「菊」という名は、主君に対する熱烈な忠誠心を表すと共に、すでにその菊(忠節)は9月9日の重陽の節句を過ぎていわゆる「十日の菊」、つまりは無用の長物と化していることの暗喩であると解釈されます。
●まとめの一言
私がこの記事を書いたのは、まだ7月のある暑い日のことでした。
9月9日を過ぎて、人に「十日の菊だよ〜」と笑われないよう、少し早めに調査・執筆に着手したのです。
いろいろ調べてバッチリ理解しましたので、来る9月9日「重陽の節句」は準備万端で迎えられます。
皆様もどうぞよいお節句をお過ごしください。