敬語とは、相手を大切に思う心を表すものです。
が、ただそれだけではないのです。
敬語は、相手と自分との間に距離を置くためにも遣われます。
距離が近づきすぎると、テリトリー(自分の領域)を侵されたように感じ、不快感を抱くことがあるからです。
↑それが単に言葉上の接近であっても、不快であることに変わりはないのです。
●何にいたしますか
接客業に敬語は欠かせません。
実際にカフェやバー、レストランなどで、どのように敬語が使われているでしょう。
と言われたことはありませんか。
誰しも、一度や二度は経験しているはずです。
そのとき、どんな印象を持ちましたか。
私は、なんとなく、「この店員、偉そうだな〜」と感じました。
お客様に対しては、
と言ってほしいと思います。
●ご足労を願います
店頭にない商品を取り寄せてほしいと店員さんに頼んでおいたら、後日電話で、
と言われたことがあります。
こちらはお金を払う立場なのに、なぜそんなことを言われなきゃならないのと、ちょっと悲しくなりました。
だって、「ご足労を願います」って、外注スタッフでも呼びつけているみたいじゃない?
せめて、
と言ってほしかった。
と言われたとしても、やや高飛車な印象を受けただろうと思います。
なぜなら、「来いよ」と命令されているような感じがしてしまうからです。
ここはやはり、
と言ってもらいたいものです。
接客業はそこまでへりくだらないといけないのか、と思われるかもしれません。
そう、接客業はそこまでへりくだる必要があるんですね、ここ日本では。
加えて言うと、
自分ではへりくだっているつもりでも、実は偉そうに聞こえてしまう言い回しは意外と多いので、謙虚すぎるほど謙虚な姿勢を貫くことが賢明だと言えます。
●ご持参ください
面白そうなセミナーがあったので、電話で参加を申し込みました。
快く受け付けてくれたのはよいのですが、その方は話の最後にこうおっしゃったのです。
と。
私は、命令口調にならないソフトな言い方を覚えたての頃だったので、「ご持参ください」の一言がことさら耳につき、違和感を覚えました。
「ご持参ください」は広く一般に遣われている言葉で、日本語として適切な表現だとされています。
↑たしかに、「持参してください」と命令されるよりはマシですね。
でも────
と言ってくれたら、もっとよかったと思うのです。
●ご記入してもらってよろしいですか
セミナー当日、会場の受付で、
と言われました。
「ん? なんか変な日本語だな」と感じたものの、どこがどう変なのか、うまく説明できなかったので、そのままにしていました。
あとで考えてみるに、
という言い方がなんとなく命令口調に感じられて、神経に引っかかったのだと思います。
と訊かれても、誰にとってよろしいという意味で訊いているのか定かでないというのも問題です。
というのは、相手に許可を求める表現です。
しかし前述の例の場合は許可を求めているのではなく、依頼をしているのですから、「いいですか」「よろしいですか」という言い方はふさわしくないでしょう。
「記入していただけませんか」
と言うなら問題ないのです。
というのでもいい。
ええい、ごちゃごちゃ言わずに、いっそ
とすればスッキリする、というのが私の結論です。
●おわかりになりましたか
などと、にっこり微笑んで訊く人がたまにいますが、訊かれたほうは、なんだか急に自分がばかになったような気がしてしまうからやめてくれと言いたい、と私は思っています。
と訊かれるぶんには構わないのです。
↑これなら「お互い対等」という気持ちが伝わってきていい感じです。
「よくわからない点があれば、変に遠慮したりせずに訊いてみよう」と前向きな心持ちになります。
●ご拝聴ありがとうございました
友人に聞いた話ですが、某セミナーで、講師が最後の締めくくりに、
と謝辞を述べたそうです。
友人は、「ごはいちょう? 何それ」と一瞬固まり、「あ、ご拝聴か」と気づいて、思わず噴き出してしまったとのこと。
金融関連のセミナーだったらよかったようなものの、これがもし「日本語の正しい使い方」や「ビジネスマナー講座」だったりしたら、
「ざけんな、ばかやろー。セミナー代、返せ」
と怒りだす人が続出だったかもしれません。
日本語やマナーの専門家でなくても、不特定多数の人に話を聞いてもらう立場にある講師ならば、ぜひとも適切な言葉を遣っていだきたいものです。
それをどう勘違いしたのか、自分の話を「ご拝聴」してもらってありがたいなどというのは、間違いに間違いを重ねた最悪の言葉遣いです。
「ご」をつける必要がないのにつけている点も不適切です。
↑これは、本人はへりくだっているつもりでも、実は偉そうに聞こえる表現の最たるものと言って過言ではないでしょう。
講演の締めくくりに謝辞を述べるなら、正しくは、
です。
「静聴」という言葉もありますが、これは「講演や話などを静かに聴くこと」の意。
会場がざわついているときなどに、「ご静聴を願います」というように用いられます。
●お申し出ください
と言われたら、あなたはどう感じますか?
私は、「申し出る」という言い方に強い違和感を覚えてしまいます。
しかし、『明鏡国語辞典』の編集委員による本『続弾!問題な日本語』によると
「お申し出ください」は全体で尊敬語として使われており、明らかな間違いとまでは言えません。
とされています。
う〜ん、そう言われても、なんとなく納得がいきません。
ただ、その本に、こうつけ加えられていたのは幸いです。
ただ、「申し出る」そのものには謙譲語の性格が残っているため、客に対しては「お申し付けください」「お知らせください」などの言い方をするほうが望ましいでしょう。
ですよね、やっぱりそうでしょ、と胸のつかえがおりました。
●まとめの一言
自分がお客の立場にあるとき、店員さんの言葉にカチンとくることがあったら、「じゃ、どう言われればカチンとこないのか」と考えてみることをおすすめします。
何を言われてもカチンとこないという人は、神経が太いというよりも、むしろ無神経なのだと思いますけど?