【デートノート⑩ 2012.1.31〜2.2 43時間】(追記)
(アパート帰宅後の会話、T子記す)
Kは言った。○○監督とおまえに借金した分を返して、保険と年金の未払い分を少し払って、いくらか家に入れて勘弁してもらう、今年はそこまでできればいいなと。
順序からいって、私への返済はあとでいいよ、家にいくら入れるのか知らないけど、父親として責任を果たしたいということでしょ、(K肯く)、そうすれば家に居づらくなくなるの?
そうじゃない、家を出る。
だったら部屋を借りるお金も必要だね。
俺そういうのやったことがない、仕事では大きなものを賃貸契約しているけど。
これまでずっと女のひとの世話になってきたということか、そのひとたちにはもう頼れないのね、これからそういう女のひとを見つけるのもむずかしいしね、だから私のことは大事にとっておいたわけか。
K笑。
部屋を借りるなら、隣が空いているよ。
それは、そのとき考えよう。
ベッドは腰が痛くなる、俺はこたつと布団がいい。
だったら畳の部屋だね、マンションはたいていフローリングで、そこに布団を敷いて寝ると腰が痛くなるよ、と私は経験談を話した。
☆☆

(そしてこれは翌朝の会話だけれど)
あんたも意地っぱりだね。
意地じゃなく、女房とはもう顔あわせたくないんだ。
文句を言われたくないんでしょ。
せっかく書き出したのに、金のことでガタガタ言われるとやる気が失せる、家では書く気にならない、だけど外にいるのもしんどい、だから抜け出す、書ける環境をつくる。
(またしても女房という言葉が復活してしまったが、気にするのはよそう)
(前夜は、Kが「いくらお金があれば怒られないですむのかな」と言っていたので、私はがっかりした。この期に及んでも家庭を維持する気でいるのかと。しかしそうではないようだった)
☆☆
(私の部屋で、Kが唐突に話し出した。奥さんはかつて妊娠中に、得意げに我が物顔で町を歩いたが、「そういうのを好まない人もいるのだ」と俺は戒めた、と。
それに対して私が返したのは、妊婦ちゃんを見るのは嫌いではない、うるさくしているガキがいや、ということ。
☆☆
アパートの部屋に着き、あんたを少し休ませたい、と私は伝えた。
ベッドの中でおしゃべりをした。
手が冷たいと言うので、しばらく握っていた、あたためてあげた。
☆☆
俺はメールの書き方をいろいろ工夫している、「お金貸して」とずばり表題にした、あとはおまえのほうから何か言ってくるしかないような書き方をする、「今日は静かだね」とか。
今日もそうだったじゃん、男らしくないなあ、少しは○○君を見習ったほうがいいよ。
☆☆
あんたのメールはまるで判じ物みたいだよ、何を言いたいのかなと考えないとわからない。
K笑。
☆☆
武山の次は薫を書く、薫について書くことは全部おまえとのことを書いているのと同じ、おまえのことを書いているんだ。
だけどそれじゃ読者はT子のことだとわからないよ。
わからなくていい、おまえに伝わればいい。
☆☆
T子よお、俺の短歌の原稿は売れるから、俺がくたばったら……。
私に版権と印税くれるというの?
(そういうことを言ってみたいんだよね、書くひとって)
武山の印税半分おまえにやる、それで借金の返済はもういいだろ。
それとこれは別だよ、それに半分ももらったら多すぎる。
いいじゃん、共著で。
共著じゃないよ、あんたの本だよ、私はリライトするだけだから、印税3パーセントでいい。
俺は金なんかいらないんだ、そのあと取材に使う金があればいい。
☆☆
旅に出るなら、バリ島よりもベトナムにしようか、と私。
ベトナム、いいな。
ハノイ、サイゴン(ホーチミン)、北も南も行ってみたい。
おまえアオザイ着たらベトナム人に見える、違和感なくとけこむ。
☆☆
横須賀の中に世界が見える、「アイ リメンバー ユー」「コイズミを撃て」この2編、とK。
そこまで構想できているのだから書けばいいのに。
面白い?
というか、いけそう、あんたらしい。
だけどあの2編は今やってもつまらない。
本人が書く気にならなきゃしょうがない。
(この会話、Kは私と手をつないで語った)
☆☆

(これは焼き鳥屋で話したことだが)
矢作俊彦のようにわかりやすいイメージをつくっておけばファンがつく、そのあとならば難解なものを書いてもやっていける、平岡さんは出だしが新左翼理論武装家だったから世間に敬遠されたふしがある、あれだれ書ける人でも苦しいときがくさんあったらしい、売れる作家にならないといけないね、と私。
おまえ左翼の残り香があるよな。
社会主義の計画経済は合理的で正しい、と少女時代に頭に刻んだからね。
☆☆
英語の話を少々した。
おまえとはそういう話ができるから楽しい。
あんたと私では英語のレベルがまるで違う。
俺そんなにだめ?
☆☆
去年の夏はもう死んでしまおうかとも思ったが、死ぬなら書き残したいよな、と。
(今は書く意欲が出て、本当によかった。私は特に何もしていないのに、自然と良い流れがついた。Kは酒量が減ったし、食事も睡眠も健康的になった。Kが「あなたにはわが人生において感謝している。あなたゆえに生き延びられた」とメールに書いてくれたことがうれしい)
☆☆

それから、Kはまたすぐ眠った(予想どおり)。
やはり疲れているのだ。
私は眠れなくて、入浴。
そして飲みながらKをマッサージ。
全身ひととおり揉んだあと、「どこをマッサージされるのが一番いい?」と聞くと、「あそこ」。
いじってみる、フ○ラもしてみる。
少し硬くなるが、やる気はなさそう。
☆☆
寝ているKの唇にキスをした、何度も。
Kは笑って横を向く。
笑顔がすてき、笑っていたほうがいいわよ。
☆☆
私も休むことにする。
夜中にトイレに起きて鏡を見るたびに、顔が和らいでいることに気づく。
☆☆
朝、エアコンを強にした。
(睡眠時は弱だったのに)これじゃ俺干からびちゃうよ、とKが自分のことだけ心配するところは、かつての恋人で香港人の○にそっくりだと思う。
☆☆
このコーヒーうまい、おいしい、とKはネスカフェ・ブラックアメリカンが気に入った様子。
緑茶もご所望で、大きなマグカップで飲んだ。
☆☆
発病したか?悪寒がする、とK。
だいじょうぶ、いい薬があるから、と私。
体は熱っぽいが、計ってみると35.9しかない。
サンドイッチを食べさせ、薬を飲ませる。
さらに薬を持たせる。
☆☆
ロングピースもう全部喫っちゃったの?だめだなあ。
ふ、おかあさんみたい。
☆☆
眠りながら原稿書いていた、とK。
執筆期間中はみんなそうなるのよ、私は今あんたの書いたものをリライトするだけだから楽だ、頭つかわなくていい。
K笑。
☆☆
友達が集まってきて、「Kは本を出したんだね」と言うから、「いやただの郷土史家ですよ」と応えている夢を見た、とK。
T子笑。
☆☆
暗くなってから帰るのはさみしい、と意外なことを言うK。
帰るにはまだ早い時間だから、ここで少しでも書きたいのでしょ? とPCを使えるようにしてあげた。
Kはベッドに起き上がってPCを開く。
私はその隣で横になって読書。
1時間で疲れる。
Tちゃん、帰るよ。
うん。
着替えて外に出る。

前を歩く中年女性のヒップを見て、Kは反応する。お尻のラインは偉大だ、昔は鎖骨がいいなんて言っていたけど、鎖骨など些末なこと、と。
☆☆
おまえ野球のことわからないよな、興味もないよな、アメリカの球団がなぜダルビッシュに高額支払うと思う? あいつらダルを日本人だと認識していない、イラン人だと思っているからだ。
離婚したんでしょ?
これからは野球選手と結婚する女を狙え、と男はみんな思っているだろう、どうせ離婚するに決まってるんだから、慰謝料たんまりもらって一生遊んで暮らせる女がいい、と。
☆☆
私と一緒にいるうちにちゃんと食べておいたほうがいいよ、と駅隣の中華料理店へ連れて行く。
Kはここの味がいたく気に入ったようで、こんなおいしいもの食べるなら飲まないと、と日本酒をオーダー。
喜んでくれてよかった。
☆☆
おまえ、武山の企画書を出版社に渡して、それを金にしろ。
あ、そういうことか、書き上げるまでの資金が足りないということでしょ、わかったよ、私も腹をくくった、5月には群像の結果が出る、仮にそれがだめで、仕事もどうにもならなかったら、ライトノベルの会社に通勤して定収入を得る、とそう言ったでしょ。
定収入って低収入?
そうよ、私は月に6冊リライトできる、外注スタッフとしてやるなら45万のギャラになるけど、社に勤めるとその半分しか給料もらえない、でも実績があるのだから昇給してくれないかな。
すぐに勤めだすのかと思った。
違う、6月から、それまではなんとかなる、あんたのぶんも自分のぶんも、ただしそのあとはもうあんたは私を頼れない、ギリギリの生活だから、あんたはそこを心配しないといけない。
(だがKは、「武山」で勝ちに行く気でいる)
☆☆
あんたの原稿をリライトするのは、ライトノベルをリライトするのとはワケが違う、意味が通じるようにすればいいというものではない、クォリティアップを目指すから時間がかかる。
☆☆
リライトの仕事をするなら、初見でデータ修正できるようでないとだめ、テープ起こしも効率よく進めるのよ、2時間テープなら4時間でできる、と私。
時間かかる人もいるんだよ、とK。
☆☆
私はどうなっちゃうんだろう、群像、すばる。
それはあきらめたほうがいい、とK。
(あきらめないよ、私だって勝つまでやるよ)
☆☆
私はどうなっちゃうんだろう。
ライトノベルの会社に版元になってもらって書かせてもらえ。
そうか、私自身がラノペを書けば勤めることないのか。
(あそこの社長にも同僚にも、「書け」と言われていることだしね)
☆☆
あんたは思いのまま次々と書いて、出版社が「これウチにください」というようになるといいね、あんたが売れてくれたら、あんたのリライトで忙しくなってもいいよ、私は寡作でいくから。
おまえが俺に取材して書く。
あんたのゴーストライターをやれっていうの? だめよ、それじゃ私の本になっちゃう、あんたが書いたものをリライトするなら、あんたのタッチが活かせるけど。
☆☆
Kはカバンの中に開高健記念館で求めたマグナカルタを入れている。
それは私にとってちょっとうれしい発見だった。
☆☆
私は弘明寺の図書館へ。
Kは上大岡から地下鉄、そして小田急線で帰るという。
下り京急線、1駅だけ一緒に並んで座る。
私は降りるとき、じゃあね、とKの肩を叩いた。
サンキュー、また、とKが言うのを背中で聞いた。