この記事のひとつ手前の記事は、
「年越しの準備」
という内容でした。
前記事→年越しの伝承としきたり・良い新年を迎える準備のフルコース
という妄想的前提に立ち、遊び心で文体模写をしてみたのが本記事です。
前記事と本記事、併せてご笑覧いただけますなら幸いです。
さて、まずは文体模写について少しお話ししたいと思います。
文体模写、つまり他人の文章スタイルを真似て書くことは、筆力向上におおいに役立ちます。
ですからこれは、暮らしに役立つ歳時記情報をゲットしながら、ついでに言葉力アップグレードをはかるという、一粒で二度おいしい企画なんですね。
年間シリーズ企画としてお届けする予定で、今回はその第11回目、内田百閒氏バージョンをお届けします。
暮らしに役立つパスティーシュ(文体模写)
第11回・内田百閒氏バージョン
「子供の目」を持つあの作家ならば、きっとこう書くだろう
「もうじき正月がくるってえのに」
朝目が覚めて、うちの中がやけに騒がしいと思ったら、年とった男の声がこんな事を云った。
「おい、そっち、もっと持ち上げろ」
その声に応えて、「ああ、わかってるよ」と云った父らしい人の声がする。
すると、さっきの声は祖父だったのか。
父と祖父、それに母や祖母まで加わって、何か大きなものでも外へ持ち出そうとしているらしかった。
「おっかさん」
と私は泣きながら呼んだ。
「起きたか」
と、おっかさんの云うのが聞こえたが、姿は見せない。
それから、祖父の声がまた云った。
「もっと斜めに寝かせて立てかけないと、日がよくあたらないぞ」
私はもう泣かずに、布団の上に起き上がった。それから家族のいる縁側のほうへと走っていった。
縁側に面した八畳の間が、粗末な板敷きのあばらやのようになっていた。
「坊主、起きたか。今日は天気がいいから畳を干すんだ」
と父の声が笑っていた。
母は何も云わなかった。
私はその母を一目見ようとしたけれども、外の日があんまりまぶしいので、うまく目を開けていられなかった。
庭先の白んだ世界に、両親と祖父母がぼんやりと溶け合っていて、どれが母だか、わからなかった。
私はひとりでご不浄に駆け込んだ。
おしっこをして寝床へ戻ると、それからまたしばらく寝てしまった。
再び目覚めたとき、八畳間はすっかり元通りになっていた。
「おまえは寝坊助だなあ。もうじき正月がくるってえのに」
父は面白そうにそう云った。
私には何のことだかさっぱりわからなかった。
(つづく)