ある人が、こう言っていました。
↑この人と同じように感じている方は大勢いらっしゃると思います。
私も「ほのぼの系」は決して嫌いではないのですが、読んでやさしい気持ちになったとか、気分がくつろいだとかいうことは、よく考えてみると一度もないような気がします。
その代わり、小説を読めば必ずといっていいほど感情を揺さぶられるので、平常心を保つことがむずかしくなります。
平穏であったかくて愛情あふれる世界を描いたものであっても(たとえば『赤毛のアン』とか)、とにかく小説を読むと心の体温が上がるというか、わけもなくハイな気分になったり、かと思うと憂鬱になったり、と気分が乱高下するのです。
気持ちを乱されるのは嫌か? と聞かれれば、嫌ではありません。
むしろ好き。
暴力的なまでに刺激のある小説が好き。
頽廃的で、官能の匂いがするような小説が好き。
そんな私好みの小説をいくつかご紹介したいと思います。
●血と骨
『血と骨』梁石日(ヤン・ソギル)著
刊行からすでに20年の歳月を経た小説を、後れ馳せながら今ようやく手にしました。
どどーんと読み応えありの1500枚です!
これを読む前に映画を観てしまったのは、よかったのか悪かったのか、判断に苦しむところです。
↑ま、今さら悩んでも遅いのですが。
映画『血と骨』の監督は、原作者の梁石日氏と同じく在日コリアン二世の崔洋一氏です。
梁石日氏のデビュー作『タクシー狂騒曲』は、『月はどっちに出ている』とタイトルを変えて映画化され、このときも、監督は崔洋一氏でした。
そして、フィリピン人女優ルビー・モレノさんはで『月はどっちに出ている』でデビューし、ブルーリボン賞・報知映画賞・キネマ旬報ベストテンなど、いくつもの賞で主演女優賞を獲得したのでした。
↑この作品は、監督賞、脚本賞、作品賞、撮影賞など、いろんな賞を総なめしたことでも知られています。
『血と骨』に話を戻すと、映画ではビートたけしが怪物じみた「親父」を演じて、まさに怪演、凄まじい、の一言でした。
しかし、こうして原作を読んでみると、「親父」は映画をはるかにしのぐ物凄さなのです。
↑たけしさんでは小柄すぎたな~と感じます。
それはともかくとして、『血と骨』は梁石日氏の一族を描いた骨肉がらみの実話だそうで、
といったところです。
崔洋一監督はテレビで言っていました、「あれが在日韓国人の社会そのものだ」って。
またもや話は脱線しますが、映画『血と骨』にはオダギリジョーも出演していて、めちゃカッコよいので見惚れてしまいました。
↑色男にはつい点が甘くなります。
作家梁石日氏はいわゆるイケメンではないようですが、書くものはイケてます。
自伝的エッセイ『魂の流れゆく果て』も実に凄まじいものがあります。
●西東三鬼全句集
『西東三鬼全句集』西東三鬼著
ある本で、四方田犬彦氏が薦めていたので読んでみました。
こわい句がいくつもありましたよ。
おそるべき君等の乳房夏来る
黒人の掌の桃色にクリスマス
男立ち女かがめる蟻地獄
「水枕ガバリと寒い海がある」、よいですねえ。
↑荒涼とした流氷の海が額の上にあるというイメージは、やはり高熱にうなされていてこそ思いつくものかもしれません。
つくりたての氷枕のガチャガチャいう音や、氷がだいぶ溶けてしまったあとのたぷんたぷんいう音も、いいもんですねえ。
高熱にうなされて・・・半ばうっとりと、あちらの世界へ行きかけて・・・はっと気づいてヤバい!ガバリ!と身を起こすという感じでしょうかね。
句の作者・西東三鬼氏は1900年生まれで、本業は医師だったそうですが、角川書店『俳句』の編集長をしていた時期もあるようです。
●ニューヨーク・シティ・マラソン
『ニューヨーク・シティ・マラソン』村上龍著
●ニューヨーク・シティ・マラソン
●リオ・デ・ジャネイロ・ゲシュタルト・バイブレイション
●蝶乱舞的夜総会(クレイジー・バタフライ・ダンシング・ナイトクラブ)
●ハカタ・ムーン・ドッグ・ナイト
●フロリダ・ハリー・ホップマン・テニス・キャンプ
●メルボルンの北京ダック
●コート・ダ・ジュールの雨
●パリのアメリカ人
●ローマの詐欺師
↑以上9篇、世界の都市を舞台とする短篇集です。
私がこの本を読んだのは、もう30年以上も昔ですが、忘れがたい1冊です。
9篇のうち殊に、香港の娼館を描いた「蝶乱舞的夜総会」がよすぎて、しびれました。
30年たった今もしびれています。
●ロマネ・コンティ・一九三五年
『ロマネ・コンティ・一九三五年』開高健著
6つの短篇を集めた小説集です。
篇はファイル、編はフォルダー、と言われているようですが、私は単に「短篇」という語の字面が好きだという理由で、短篇集としています。
とは、開高氏が洋酒メーカー宣伝部勤務時代に考案したコピーだそうです。
その伝でいくと、本書はまさに一篇一篇が宝石です。
殊に、表題作の「ロマネ・コンティ・一九三五年」は絶品です。
↑高密度の濃い文章で酔わせてくれます。
色香があります。
そして、あまりにもうますぎます。
私はぶっ飛びました。
開高氏は「釣りが自分の専門科目」と、どこかで書いていました。
釣りに仮託して語られる、生きることの憂鬱と歓喜、時々爆発する生命エネルギーみたいなものを読ませてくれます。
しかし開高健といえばベトナム戦争特派員ルポ、ベトナム戦争を題材とする小説がよく知られています。
『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇』はベトナム三部作ですね。
『歩く影たち』も、ベトナムもの短篇集です。
私は、いわゆる戦争ものはあまり得意ではないものの、開高健だけは何故か読めます。
↑私にとって、別格なのです。
開高健は今こそもっと読まれていいはずなのに、絶版が多いのは残念なことです。
ところで、開高健とヘミングウェイはいろいろ共通点があるとされています。
↑美酒美食が大好きで、釣りやハンティングを趣味とし、開高はベトナム、ヘミングウェイはスペイン人民戦線と、その行動範囲はワールドワイドで、心身ともにマッチョぽいのかなと思っていると、意外にも神経繊細でウツだったりして。
つきあうには骨の折れる相手かもしれません。
そこがまたいいのでしょうね。
一筋縄ではいかない複雑な人物だからこそ、エネルギッシュなのに頽廃的で、それこそ官能が匂い立つような小説を書けたのだと思います。
●まとめ
今回は、以下の4冊をご紹介しました。
『西東三鬼全句集』西東三鬼著
『ニューヨーク・シティ・マラソン』村上龍著
『ロマネ・コンティ・一九三五年』開高健著