読書感想文

読書感想文/凄まじいまでの官能と憂鬱と暴力

投稿日:2017年6月14日 更新日:

ある人が、こう言っていました。

「本を読むなら、登場人物がみんないい人で、ほのぼのした温かい雰囲気で、平和で愛のあるものがいい。やさしい気持ちになれる小説が好き」

↑この人と同じように感じている方は大勢いらっしゃると思います。

私も「ほのぼの系」は決して嫌いではないのですが、読んでやさしい気持ちになったとか、気分がくつろいだとかいうことは、よく考えてみると一度もないような気がします。

その代わり、小説を読めば必ずといっていいほど感情を揺さぶられるので、平常心を保つことがむずかしくなります。

平穏であったかくて愛情あふれる世界を描いたものであっても(たとえば『赤毛のアン』とか)、とにかく小説を読むと心の体温が上がるというか、わけもなくハイな気分になったり、かと思うと憂鬱になったり、と気分が乱高下するのです。

気持ちを乱されるのは嫌か? と聞かれれば、嫌ではありません。

むしろ好き。
暴力的なまでに刺激のある小説が好き。
頽廃的で、官能の匂いがするような小説が好き。

そんな私好みの小説をいくつかご紹介したいと思います。

●血と骨

『血と骨』梁石日(ヤン・ソギル)著

刊行からすでに20年の歳月を経た小説を、後れ馳せながら今ようやく手にしました。

どどーんと読み応えありの1500枚です!

これを読む前に映画を観てしまったのは、よかったのか悪かったのか、判断に苦しむところです。
↑ま、今さら悩んでも遅いのですが。

映画『血と骨』の監督は、原作者の梁石日氏と同じく在日コリアン二世の崔洋一氏です。

梁石日氏のデビュー作『タクシー狂騒曲』は、『月はどっちに出ている』とタイトルを変えて映画化され、このときも、監督は崔洋一氏でした。

そして、フィリピン人女優ルビー・モレノさんはで『月はどっちに出ている』でデビューし、ブルーリボン賞・報知映画賞・キネマ旬報ベストテンなど、いくつもの賞で主演女優賞を獲得したのでした。

↑この作品は、監督賞、脚本賞、作品賞、撮影賞など、いろんな賞を総なめしたことでも知られています。

『血と骨』に話を戻すと、映画ではビートたけしが怪物じみた「親父」を演じて、まさに怪演、凄まじい、の一言でした。

しかし、こうして原作を読んでみると、「親父」は映画をはるかにしのぐ物凄さなのです。

↑たけしさんでは小柄すぎたな~と感じます。

それはともかくとして、『血と骨』は梁石日氏の一族を描いた骨肉がらみの実話だそうで、

「事実は小説よりも奇なり。小説になっても奇なり」

といったところです。

崔洋一監督はテレビで言っていました、「あれが在日韓国人の社会そのものだ」って。

またもや話は脱線しますが、映画『血と骨』にはオダギリジョーも出演していて、めちゃカッコよいので見惚れてしまいました。
↑色男にはつい点が甘くなります。

作家梁石日氏はいわゆるイケメンではないようですが、書くものはイケてます。

自伝的エッセイ『魂の流れゆく果て』も実に凄まじいものがあります。

●西東三鬼全句集

『西東三鬼全句集』西東三鬼著

ある本で、四方田犬彦氏が薦めていたので読んでみました。

こわい句がいくつもありましたよ。

水枕ガバリと寒い海がある

おそるべき君等の乳房夏来る

黒人の掌の桃色にクリスマス

男立ち女かがめる蟻地獄

「水枕ガバリと寒い海がある」、よいですねえ。

↑荒涼とした流氷の海が額の上にあるというイメージは、やはり高熱にうなされていてこそ思いつくものかもしれません。
つくりたての氷枕のガチャガチャいう音や、氷がだいぶ溶けてしまったあとのたぷんたぷんいう音も、いいもんですねえ。
高熱にうなされて・・・半ばうっとりと、あちらの世界へ行きかけて・・・はっと気づいてヤバい!ガバリ!と身を起こすという感じでしょうかね。

句の作者・西東三鬼氏は1900年生まれで、本業は医師だったそうですが、角川書店『俳句』の編集長をしていた時期もあるようです。

●ニューヨーク・シティ・マラソン

『ニューヨーク・シティ・マラソン』村上龍著

●ニューヨーク・シティ・マラソン
●リオ・デ・ジャネイロ・ゲシュタルト・バイブレイション
●蝶乱舞的夜総会(クレイジー・バタフライ・ダンシング・ナイトクラブ)
●ハカタ・ムーン・ドッグ・ナイト
●フロリダ・ハリー・ホップマン・テニス・キャンプ
●メルボルンの北京ダック
●コート・ダ・ジュールの雨
●パリのアメリカ人
●ローマの詐欺師

↑以上9篇、世界の都市を舞台とする短篇集です。

私がこの本を読んだのは、もう30年以上も昔ですが、忘れがたい1冊です。

9篇のうち殊に、香港の娼館を描いた「蝶乱舞的夜総会」がよすぎて、しびれました。

30年たった今もしびれています。

●ロマネ・コンティ・一九三五年

『ロマネ・コンティ・一九三五年』開高健著

6つの短篇を集めた小説集です。

篇はファイル、編はフォルダー、と言われているようですが、私は単に「短篇」という語の字面が好きだという理由で、短篇集としています。

「一滴一滴が宝石である」

とは、開高氏が洋酒メーカー宣伝部勤務時代に考案したコピーだそうです。

その伝でいくと、本書はまさに一篇一篇が宝石です。

殊に、表題作の「ロマネ・コンティ・一九三五年」は絶品です。

↑高密度の濃い文章で酔わせてくれます。
色香があります。
そして、あまりにもうますぎます。
私はぶっ飛びました。

開高氏は「釣りが自分の専門科目」と、どこかで書いていました。

釣りに仮託して語られる、生きることの憂鬱と歓喜、時々爆発する生命エネルギーみたいなものを読ませてくれます。

しかし開高健といえばベトナム戦争特派員ルポ、ベトナム戦争を題材とする小説がよく知られています。

『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇』はベトナム三部作ですね。

『歩く影たち』も、ベトナムもの短篇集です。

私は、いわゆる戦争ものはあまり得意ではないものの、開高健だけは何故か読めます。
↑私にとって、別格なのです。

開高健は今こそもっと読まれていいはずなのに、絶版が多いのは残念なことです。

ところで、開高健とヘミングウェイはいろいろ共通点があるとされています。

↑美酒美食が大好きで、釣りやハンティングを趣味とし、開高はベトナム、ヘミングウェイはスペイン人民戦線と、その行動範囲はワールドワイドで、心身ともにマッチョぽいのかなと思っていると、意外にも神経繊細でウツだったりして。

つきあうには骨の折れる相手かもしれません。

そこがまたいいのでしょうね。

一筋縄ではいかない複雑な人物だからこそ、エネルギッシュなのに頽廃的で、それこそ官能が匂い立つような小説を書けたのだと思います。

●まとめ


今回は、以下の4冊をご紹介しました。

『血と骨』梁石日(ヤン・ソギル)著

『西東三鬼全句集』西東三鬼著

『ニューヨーク・シティ・マラソン』村上龍著

『ロマネ・コンティ・一九三五年』開高健著

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