皆さんは「コロケーション」って何のことかご存じですか?
コロケーションとは「連語」のこと。
語と語を結びつけて作られた、ひと続きの言葉です。
たとえば、「身を以て」というのもコロケーションです。
自ら体を使って示す、という意味です。
「忍耐が大切だということを、父は身を以て教えてくれた」というように使いますね。
↑「身を持って」と書く人も少なからずいらっしゃいますが、これは誤りです。
「身を以て」の「以て」は、「自分の体を使って」という意味ですから、「持って」ではなく「以て」となるのです。
「右へ倣(なら)え」というのもコロケーションで、「先にした人の真似をする」という意味です。
「習え」とは書かないので、その点は要注意ですね。
書くときも話すときも、言葉の本来の意味を知らずに、または誤解して、微妙にズレた使い方をすると、「あの人は教養がない」と思われてしまうでしょう。
人前で恥をかくことのないようにしたいものですね。
コロケーションを使う上でのルールはただ1つ、
「昔から使い習わしてきたとおりに従う」ということです。
それには、耳で覚え、目で覚えるしかありません。
このブログでは、日常よく使われるコロケーションを紹介しています。
あなたがこれまで知らずにいた言い回しがきっと見つかるでしょう。
そして、読めば読むほど、「そうか、こういうときはこう言えばいいのか」と新たな発見が増していくと思います。
コロケーションを数多く知っていると、言葉の世界が広がり、表現の幅も広がります。
その場の状況に応じてタイミングよく、適切なコロケーションを使っていけるとよいですね。
●「ミ」で始まるコロケーション
実を→結ぶ
身が→軽い
身が→入る=一生懸命になる、真剣になる、ということ
身が→持たない=体力が続かない、ということ
身から→出た錆(さび)=自分がした悪行によって、自分が苦しむこと
身に→余る
身に過ぎる、とも言います
身に→覚えがない
身に→染みる
骨身に染みる、骨身に応える、とも言います
身に→寸鉄(すんてつ)も帯びず=武器をまったく持っていないこと
身に→着ける
身に→つまされる=我が事のように思われること
身に→なる=ある人に対して親身になること、または、あるものが血肉となり精がつくこと
身の→置き所がない
身→二つになる=子を産むこと
身も→蓋もない=あまりに露骨で、情味もうるおいもないこと
にべもない、とも言います
身を→置く
身を→起こす=立身出世をすること
身を立てる、とも言います
身を→固める=結婚すること、または、定職に就くこと
身を→切る
身を→砕く=苦労を厭わずに一生懸命に尽くすこと
骨身を削る、身を粉(こ)にする、とも言います
身を→焦がす=恋い焦がれること
胸を焦がす、身を焼く、とも言います
身を→捨てる=自分が犠牲になること
身を→挺(てい)する=自ら進んで身を投げ出すこと
身を→投ずる=ある環境に進んで身を置くこと
身を→引く
身を→翻(ひるがえ)す=体の向きをさっと変えること
身を→持ち崩す
身を→以て=自ら体を使って示すこと
身を→やつす=何かに熱中するあまり、痩せてしまうほど一心に打ち込むこと
身を→寄せる=ある人のところに住み、その人の世話になること
実入りが→いい=高収入であること
見得(みえ)を→切る=ことさらに自分を誇示すること
見栄(みえ)も→外聞(がいぶん)もない=人の目を気に掛ける余裕がないこと
見栄を→張る=自分をよく見せようと、うわべを飾ること
右から→左へ
右→と言えば左
ああ言えばこう言う、とも言います
右に→出る者がない
右へ→倣(なら)え=先にした人の真似をすること
右も→左もわからない
見切りを→つける=見込みがないと判断してあきらめること
神輿(みこし)を→上げる=行動を開始すること
腰を上げる、とも言います
神輿(みこし)を→担ぐ=他人をおだてて、祭り上げること
神輿(みこし)を→据える=ゆったりと座り込んで動かないこと
腰を据える、とも言います
水が→合わない
水が→出る=洪水になること
水と→油=互いに反発しあって、しっくりと融和しないこと
水に→流す
水に→慣れる=環境になじむこと
水の→泡=それまでの努力や苦労が無駄になってしまうこと
水の→滴(したた)るよう=美男美女の、みずみずしく美しい様子の形容
水も→漏らさぬ=警戒が厳重であること
水を→あける=競走相手に勝って、大きく差をつけること
水を→打つ=水をまくこと
水を→打ったよう=その場にいる多くの人が一斉に静まりかえることの形容
水を→掛ける=邪魔をして、勢いを封じようとすること
水を→切る
水を→差す=うまくいっている状態を、はたから邪魔をすること
水を→向ける=相手の関心をある方向へ向けさせようとして、語りかけること
店が→出る
店が→跳ねる=店がその日の営業を終えること
店を→開ける=その日の営業を始めること
店を→閉める=その日の営業を終えること
店を→開く
店を出す、店を構える、店を張る、とも言います
店を→閉じる
店を畳む、とも言います
身銭(みぜに)を→切る=自分が払わなくても済む経費を、自分自身の金で支払うこと
自腹を切る、とも言います
味噌を→つける=しくじって面目を失うこと
道が→開(ひら)ける=将来の展望や解決の方法がわかってくること
道が開(あ)く、とも言います
道に→外(はず)れる=道理や道徳を逸脱すること
人の道に外れる、とも言います
道を→決する=進路を決めること
道を→つける=あとから来る人が進めるように、手がかりを残すこと
道を→譲る=体をずらしたりして、人が通れるようにすること。または、自分がしてきたことを後進の者に任せること
密約を→交わす
見通しが→明るい・暗い
見通しが→甘い=十分な根拠もなく、先行きを楽観的に考えること
見通しが→利く=遠くまで見渡せること、先行きの予測がつくこと
見通しが→立つ
見通しがつく、目処が立つ、とも言います
見通しが→いい・悪い
身の皮を→剥(は)ぐ=財産がなくなり、着ているものまで処分すること
身の毛が→よだつ
身の程(ほど)を→弁(わきま)えない=自分の立場や能力を正しく理解していないこと
見晴らしが→いい・悪い
見晴らしが→利く
見張りを→立てる
耳が→痛い=自分の弱点に触れられて、聞くのがつらいこと
耳が→肥えている
耳が→遠い
耳が→早い=噂などを素早く聞きつけること
耳に→入れる
耳に→逆らう=不愉快に聞こえること
耳に→する
耳に→たこができる=同じことを繰り返し聞かされて、うんざりすること
耳に→つく=声や音が耳元に残って忘れられない、または気になること。新鮮ではなくなって、聞くのがいやになること。
耳に→留(と)まる=人の言葉や物音に注意が向くこと
耳に→残る
耳に→挟(はさ)む=聞くとはなしに聞くこと、ちらりと聞くこと
小耳に挟む、とも言います
耳を→疑う=あり得ない話や信じられない話を聞いて、聞き違いではないかと思うこと
耳を→貸す
耳を→傾ける
耳を→澄ます
耳を→そばだてる
耳を→揃える=お金を、不足なくまとめること
耳を→つんざく
身持ちが→いい=品行方正であること
身持ちが→悪い=品行や素行がよくないこと
脈が→上がる=脈拍が止まり、死ぬこと
脈が→ある・ない
脈を→打つ
脈を→とる
脈を見る、とも言います
見ての→とおり
見て→見ぬ振り
見るに→忍びない=気の毒で見ていられないこと
見るに堪(た)えない、とも言います
見るに→見かねる=そのまま放っておけない、ということ
見れば→見るほど
見る目が→ある・ない
未練が→ある・ない
未練が→残る
見分けが→つかない
●まとめの一言
日本語には数多くのコロケーションがあります。
言葉の文化が豊かだということですね。
↑私はこの2つを今回初めて知りました。
↑これも初耳でした。
舌が肥えている、目が肥えている、というのは知っていましたが、耳も肥えるものなんですね。
↑同じ「みえ」でも漢字が違う、ということも知りました。
↑私はこれを、右に出る者が「いない」と言っていたので、以後気をつけます。
この世界は奥が深いので、興味は尽きません。
あなたにとって、「これ覚えておこう!!」と思うコロケーションはいくつありましたか?
言葉を知れば知るほど、話すのも書くのも自由自在になっていきます。
頭を整理しながら自分の思いや考えを的確に伝えられるので、いつも気分よく過ごせます。
仕事や人間関係にきっと良い影響があるでしょう!!