【2005 February】
●T子──<ミューズはミューズを必要としてる>
Kさま(K君でもいい?)
近頃、不思議な感覚を体験中。
まるで仕組まれたように、諸々の事態が進展。
ある方角めざして突っ走っていくよう。
○○先生の仕事が一段落したので、
いよいよ○○書房の手伝いをする運びとなった。
誰の本になるか分からないけど、何本か書かせてもらう。
マンション購入で貯金使いきったので、もう少し稼がないとね。
☆☆
そのいっぽうで、自分の本を出す準備の段階となった。
私のベスト編集者が、その線で取り組んでる。
そそのかされて、あおられて、こちらも本気に。
この件は極秘よ。
○○書房にも、どこにも言っちゃダメよ。
☆☆
年内に1本、読み物を書こうと思う。
わかりやすい形でデビューしておき、来年から小説も出す、と。
得意分野は女性もの。
だけど私生活エッセイという発想はない。
村上龍の『すべての男は消耗品である』みたいに壮大な仮説をぶち立てて、骨太でインパクトの強い作品にしたいなあ。
どうすればいい?
答えはひとつ。
ぶっちぎり面白い原稿を書くことよね。
でもその前に…
テーマとタイトルで8割決まる。
まずここから編集者とブレストしまくる。
あなたも知恵を貸して。
私に書けそうなこと思いついたら何でも言って。
アイデア、ひらめき、勘、直感、すべてオーケー。
骨太でインパクトの強いコンセプトをつくるに当たり、男性の視点は絶対はずせないのよね。

●K君──T子さん、あなたはミューズ。
オイラは、道祖神くらいだな。
そのフェメール編集者だな、ミューズは。
「おめでとう」とりあえず。
本人デビュー達成の暁には、「おめでとう」を百回くらい言ってあげるぞ。
誰も、ほかの「作家」という人が書いたことのないものを書け。
あなたしか、書けないものに決まってる。
そして、それは、たぶん残して置くべきものなのだ。
☆☆
文学とは、記録でもあるのだ。
身にしみて思った。
いかに稚拙であろうと、印刷されたものは、強い。
もう、自分を離れていた。
文字の力。
言霊。
グーテンベルクは偉い。
だから、聖書だ。
そして、プロテスタントなのだ。
☆☆
矢作俊彦の『ザ・ロング(Wrong)・グッドバイ』の話を、W澤にした。
「ヨコスカ、とかベトナム、ドブ板、懐かしい。読んでみる」と。
☆☆
一作で、直木賞勝負に出るべきです。
「ボリューム長さ」の感覚はクリアーしてるし、「構成」もクリアーしているでしょ。
あとは、ストーリーテリング(最近はないものが多い)と、テーマ(がないことがテーマみたいなもの多々あり)と、主観に引き込んだ普遍性。
女性である普遍性はある。
あの時代という世界史的普遍性もあるんだ。
その後の、オレの知らないヨコハマ時代もあると思うけれども。
どっちから書き始めるか、のような気がする。
長尺は、どっちがいいの?
長尺でいけるほうを先。
そのあと、短いのを連作のようにやっていけば。
タイトル応談OK。
昨年、わが未完の短歌集のタイトルをとって、デビュー者1名あり。
いつでも、相談乗ります。
☆☆
今度、W澤と10分間の「映画」を作る。
あそびだけどね。
☆☆
月曜日、○○書房には最終稿(として)を送った。
「もう1回戦やる」意思あり、とした。
個人的には、原著作者、「インドネシアの華人」であるという部分を書いて、納得させることができた、という自負はある。
(それが○○書房の方針に合致していたかどうかは別)
その上で、わが思い、現代評論的な部分もある。
(これも○○書房の狙いとは別)
その上で、4分の1は、ばっさり切った。
○○の思いに近づけたつもりだ。
いや、確実に、近づきはした。
「しかし、もっと」という○○の考えはあったかもしれない。
○○文庫、○○文庫というマニュアルもどきの発想が。
それはわかりつつも、ハードカバーとして「読みやすいから売れる」という考え方はなかったな。
というところ。
☆☆
さあ、いったい、どうなったことやら。
オレ、売れると思うんだよな。
間違いのない書評一発。
神奈川県で1万、早稲田関係で1万、教師たちに3万、父兄に1万、学生に0・5万、受験生に0・5万、その他1万で、計8万部。
台湾ですぐ翻訳されるだろう。0・5万部。
で、これだけ売れれば、文庫にはなるな。
まあ、3万から5万部はあるだろう。
これが5000ってことはない。
だとしたら、「やさしく書く」という方針の間違いだ。
さもなくば、さもなくうば、わが力不足。
でも、やる気になったのは、あのおっさんが「インドネシアの華人」だからだよな。
でも、もう終わったこととして、忘れよう。
☆☆
きょう、三崎への往復の車の中で「平山美紀」を聞いていた。
♪ ラ、ラ、ラ、ララララ〜「ビューテイフルなお話ね」
笑ってしまう。
でも、いいんだな。