この記事のひとつ手前の記事は、
「三寒四温の乗り切り方」
という内容でした。
前記事→「三寒四温」を乗り切るために、身体を内側から温めよう
前記事と本記事、併せてご笑覧いただけますなら幸いです。
さて、まずは文体模写について少しお話ししたいと思います。
文体模写、つまり他人の文章スタイルを真似て書くことは、筆力向上におおいに役立ちます。
ですからこれは、暮らしに役立つ歳時記情報をゲットしながら、ついでに言葉力アップグレードをはかるという、一粒で二度おいしい企画なんですね。
年間シリーズ企画としてお届けする予定で、今回はその第15回目、赤川次郎氏バージョンをお届けします。
暮らしに役立つパスティーシュ(文体模写)
第15回・赤川次郎氏バージョン
「三毛猫ホームズ」のあの作家だから、きっとこう書くだろう
「3月は人も猫も成長する月」
それはちょうど、3月末日のことだった。
久しぶりに休みがとれたので、石津刑事は昼すぎまで自宅の部屋でごろごろしていた。
するとそこに、窓の外から猫が「みゃーお」と鳴く声が聞こえた。
「みゃーお、みゃーお」
と鳴き続けるのは、さかりがついたせいだろうか。
それとも、何かを必死に訴えているのだろうか。
その「みゃーお、みゃーお」が次第に「にゃーお、にゃーお」になり、ついには「いゃーお、いゃーお、いやーおぃぃー」と聞こえだした。
しかし、猫が「いやーおぃぃー」なんて鳴くか、ふつう?
「いやおい」と鳴いているようにも聞こえるし、なんだか、人間の言葉のようじゃないか。
と思っていると、そこに石津の妻がやってきた。
「あなた、起きているなら、さっさとご飯を食べて」
「うん、朝昼兼用だな」
「いやぁねえ、いくら休みだからって、昼過ぎまで寝坊するなんて」
「いやおい、その言い方はないだろう」
「え、なにが?」
「だから、たまの休みくらい、ゆっくり寝かせてくれても」
「ええ、ですから文句は言ってませんよ。ふだんしっかり働いてくれているんだから」
「いやおい、だったらもっとやさしい言い方をしてくれよ」
「あなた、いやおい、いやおいって、2度も言ったわよ。偉そうな口ぶりね」
「いや、外で猫が、いやおい、いやおいって鳴くもんだから」
「猫? 猫のせいにするなんて呆れるわ」
「だけどさ、猫が鳴いたのは本当のことなんだ。嘘だと思うなら、見てみろよ」
「あら、ほんとだ。窓の下に一匹、三毛猫がいるわ」
「そいつが、いやおいって何度も鳴いたんだ」
「いやおい? 猫がそんな鳴き方する?」
「人間の言葉をしゃべっているような、変な鳴き方だよな」
「考えすぎよ」
「そういえば、3月のことを昔の人は『いやおい』といっていたんだよなあ」
「あら、そうなの?」
「だってほら、3月というのは実生活の上でも一区切りの時季だから」
「だから何?」
「学校や会社、官庁などでは3月末で年度が終わり、4月1日から新年度が始まるだろ」
「そうだけど」
「卒業式、入学式、転任に伴う歓送迎会など、終わりと始まりのセレモニーが目白押しの季節だ」
「ええ、まあね」
「だから3月のことを弥生(やよい)といい、弥生はイヤオイとも読む」
「ふうん、そうなの。知らなかったわ」
「いやおいとは、ますます成長するという意味を持つ」
「でも、猫にはそんなことわからないでしょ」
「わからなくたっていいんだ。とにかく、椿、れんぎょう、土筆、沈丁花、すみれ、タンポポといった植物が一斉に芽ぶき、人々は新たなステージを迎えてますます成長していく時季だから、3月はいやおいなのだ。猫はそう訴えていたのかもしれないなあ」
と石津刑事が感心して言うと、妻は、
「あなた、とにかくお昼ご飯をさっさと済ませてちょうだい。1日なんて、あっという間に終わってしまうんですからね」
と言った。
「ああ、そうだな。明日から新年度だし、遅刻するわけにはいかないから、早めに飯食って、風呂はいって、寝てしまわないといけないなあ」
と石津刑事は言い、
「つまらない1日の過ごし方だけど、それが、いやおいの心得だよなあ」
とつぶやいた。
そのときまた、窓の外で猫が
「いゃーお、いゃーお、いやーおぃぃー」
と鳴いた。
(つづく)