文体模写(パスティーシュ)

町田康氏の文体模写「牡蠣シャブリvs.牡蠣ギネス」

投稿日:2018年1月27日 更新日:

この記事のひとつ手前の記事は、

「牡蠣(カキ)」

に関する美容・健康情報でした。
前記事→牡蠣(カキ)は完全栄養食、貧血気味の女性には何よりの食べ物

この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加えるとしたらどんなふうにするのかな〜〜

という妄想的前提に立ち、遊び心で文体模写をしてみたのが本記事です。

前記事と本記事、併せてご笑覧いただけますなら幸いです。

さて、まずは文体模写について少しお話ししたいと思います。

文体模写、つまり他人の文章スタイルを真似て書くことは、筆力向上におおいに役立ちます。

ですからこれは、暮らしに役立つ歳時記情報をゲットしながら、ついでに言葉力アップグレードをはかるという、一粒で二度おいしい企画なんですね。

年間シリーズ企画としてお届けする予定で、今回はその第8回目、町田康氏バージョンをお届けします。

暮らしに役立つパスティーシュ(文体模写)
第8回・町田康氏バージョン

酒好き&B級グルメのあの作家ならば、きっとこう書くだろう

「牡蠣シャブリvs.牡蠣ギネス」

今は11月、ノーベンバーである。
季節柄、牡蠣で一杯飲るのがよかろうということになった。
ノーベンバーはRのつく月であるから牡蠣を食してよいのでR。
おっと、↑これは嵐山光三郎氏の文体であった。いけない、いけない。

ともあれ、11月のある日、俺はなじみの編集者と連れだって、都内某所のオイスターバーへ繰り出したのである。

美しい女性ではなく、どちらかというとむさくるしい部類の男性編集者なんぞをなぜ誘ったかといえば、ただ飲んで食って騒ぐだけではアホらしいので、ついでに仕事の話も少しはしようと考えたからだが、これは我ながら立派な心がけであった。

しかしその日は、ひとつだけ悔いの残る出来事が生じた。

といっても仕事がらみの問題が勃発したわけではない。
飲み物に関する、ちょっとした行き違いがあったのである。

皆さんはシャブリという白ワインをご存じだろうか。
では、ギネスという黒ビールのことは知っておられるだろうか。
どちらも生牡蠣によく合う飲み物だ。

しかし我が編集者はこうのたまわったのである。
「いやあ、牡蠣にはやはり、よく冷えたシャブリですよね。それ以外は考えられません」

なにをぬかしてけつかるのであろうか。
ギネスビールの本国アイルランドでは250年も前から、牡蠣と相性のよいビールを醸造すべく、関係者一同が心を砕いてきたのである。
その結果生まれたのが、世界一牡蠣に合う黒ビールである。
決して、シャブリとかいう白ワインの向こうをはったのではない。
ギネスという黒ビールの豊かで香ばしいロースト香、クリーミーで肌理の細かい泡、ビターな味わい、そして低炭酸──これら他に類を見ない個性を具えていればこそ、ギネスは世界に冠たる黒ビールとなり得たのであり、同時に、「生牡蠣にはシャブリ」という世の常識をくつがえし得たのである。
世情に敏であるはずの編集者が、そんなことも知らずにおったのか。

俺は、そこはかとなく憮然としてしまった。
編集者のほうでもなんとなく察したらしく、
「さ、レモンでどうぞ。お好みとあらば塩も持ってきてもらいましょうか。ケチャップはどうします?」
などと小賢しく先回りして、牡蠣を小皿に取り分けてくれた。

俺はギネスをぐいぐい干しながら牡蠣を1ダース食し、編集者はシャブリをチビチビやりながら、やはり1ダースの牡蠣を食った。
まあ、それはそれでよしとしよう。
「ギネスもシャブリも、ともに世界一牡蠣に合うのである」と、俺は寛大な心持ちになりかけていた。

しかし、やつめ、「ああやっぱり牡蠣にはなんといってもシャブリだなあ」と、二度も三度も感動のため息をついたのである。

喧嘩売ってんのか?
俺がムカッときたのは言うまでもない。
俺がこんなにもうまいと思ってるギネスをばかにすんなよ、と。
だがそれを口に出すことは、さすがにはばかられる。
なんといっても、俺はもういい年をした大人の男なのだ。
大人の男がいちいち目くじら立てていたのでは格好がつかない。

とはいえ、もの言わぬは腹ふくるるわざなり。
俺の腹は牡蠣とギネスですでにふくらんでいたが、そこへさらに腹ふくるるものがのしかかってきた。
そのやるせなさといったら、いかにギネスといえども、一杯や二杯では埋め合わせがつかない。
俺は半ばやけくそになって飲み続けた。

ついでに最高級の牡蠣を追加しまくり、フライドオイスター、オイスターのオーブン焼きアンチョビバターなんかも、無理をして腹におさめてやった。

最高級のシャブリ、つまりグラン・クリュを注文させたりもした。
これは俺が飲むわけではないが、とにかく値の張るものをテーブルに並べたかったのだ。

勘定がいくらになるかなど、知ったことではない。
いやむしろ、高ければ高いほどよい。わっはっは。

という陰険な手法で俺にとっちめられた編集者は、やや悲しげな表情で会計を済ませ、店の外へ出ると、今度は急に晴れ晴れとした顔になって言った。
「これで僕は今年の接待費を全部使いきりました。いっそ気分いいです。先生、年内はもうどこにもお連れすることできませんから、どうか執筆に専念してください」

これを聞いて俺はずどんと腹をつかれる思いがした。
バルザックほどの胃袋も筆力もないくせに、なぜあんな滑稽な真似をしてしまったのか。
ごめんよ、ごめんよ、もうしないから許してくれよ、近いうちにまたどっか遊びに行こうよ、と編集者にすがりつきたかった。

しかし俺は、なんでもなさそうな顔で「じゃ」と言い残してタクシーに乗り込み、家に戻ってきた。
シャブリでもギネスでも、どっちでもええ。
どっちもうまいんやから、それでええやんか。
というのが、その日の俺の結論であった。

(つづく)

関連記事→吉田健一氏の文体模写「河豚とポン酢もみじおろし小葱」

-文体模写(パスティーシュ)

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

村上龍氏の文体模写「無病息災を願うなら、貴重な栄養源を惜しげもなく手放せ」

この記事のひとつ手前の記事は、 「節分とハロウィーンの共通点」 という内容でした。 前記事→節分は日本のハロウィーン。翌日の立春にそなえて除災招福!! この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加えるとし …

田中康夫氏の文体模写「なんとなく、カレーが食べたくて」

この記事のひとつ手前の記事は、 「おいしく食べて元気モリモリになれるカレーの作り方」 という内容でした。前記事→カレーは薬膳。スパイスが胃腸を癒やして活力増進 この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加 …

赤川次郎氏の文体模写「3月は人も猫も成長する月」

この記事のひとつ手前の記事は、 「三寒四温の乗り切り方」 という内容でした。 前記事→「三寒四温」を乗り切るために、身体を内側から温めよう この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加えるとしたらどんなふ …

村上春樹氏の文体模写「それはどちらかといえば集中力の欠如というよりもビタミンB1不足の領域に属すること」

この記事のひとつ手前の記事は、 「夏バテを予防・改善する方法」 という内容でした。前記事→夏バテ予防のカギは自律神経・睡眠・汗・水・ビタミンB1 この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加えるとしたらど …

アポリネールの詩「ミラボー橋」の文体模写をしてみました。

この記事のひとつ手前の記事は、 「海気浴と砂浴のメリットについてご紹介」 という内容でした。前記事→海水浴よりもオシャレでネクスト感あるのが海気浴と砂浴   この前記事を有名作家の誰かが読み、手を加え …

2023/06/29

「を抜き」「は抜き」を改善しよう

2023/06/23

「か抜き」言葉を改善しよう

2022/12/01

「お申し付けください」よりも「仰せ付けください」のほうが良いなあ

2022/08/15

男と女の日常茶飯劇

2022/04/01

ライターが習得した速読法

2022/03/30

「十分」と「充分」に違いはある?

2021/12/26

Kindleペーパーバック出版、私もやってみました。

2021/01/19

「XX時からXX時に行きます」という言い方は、変じゃない?

2020/09/07

主語がなくても通じる、日本語の不思議

2020/08/27

チーママ・オーママ/小ママ・大ママ

2020/02/27

表記統一の観点からいうと、「行う」ではなく「行なう」が正しい

2020/02/26

「語尾上げ」しゃべりが癖になっていない?

2020/02/06

TOKYO MXテレビ『5時に夢中!』に出演しました。

2019/11/29

ものの数え方・73選

2019/11/28

馬から落馬・顔を洗顔←重ね言葉はやめよう

2019/11/27

カタカナ語の乱用防止に、この日本語を!!

2019/11/16

「理想」の対義語は□□、「流行」の対義語は□□。

2018/10/18

頭から離れる?離れない? 正しい言い方はどっち!?

2018/09/18

横浜に代々伝わる「ハマ言葉」

2018/09/03

文章構成術/基本フォーマット12種類

2018/03/10

なぞなぞ傑作選・必笑78題

2018/03/09

テープ起こしをすると文章力が高まる!!

2018/03/02

ネガティブなことをポジティブに言い換えるレッスン

2018/02/16

「い抜き言葉」はカジュアルな場面でのみOK

2017/10/03

月の呼称/睦月・如月・弥生・卯月・皐月・水無月・文月・葉月・長月・神無月・霜月・師走

2017/06/02

読点の打ち方を完全マスター!! ①

2017/05/20

文章力/接続詞の乱用禁止!! 大事な場面で効果的に使おう

2017/05/16

文章力/説明がうまい人は「修飾語」(形容詞・形容動詞・副詞の3点セット)に強い

2017/05/05

悪文リライトにチャレンジしてみませんか

2017/05/04

文章力を高める10の行動。すべて試してみる価値あり!

2017/04/30

混じる?交じる? 漢字の書き分けは、頭をやわらかくする知的なゲーム

2017/04/23

先入感?異和感?それって漢字変換ミス? 同音異義語・同訓異字の落とし穴

2017/04/22

「れ足す言葉」は、くどい、しつこい

2017/04/21

「さ入れ言葉」は上品か下品か?

2017/04/20

「ら抜き言葉」はOKかNGか?

2017/04/16

アブない隠語も、正しく覚えれば失敗しない

2017/04/04

ビジネスマナー/尊敬語と謙譲語の使い分け

2017/03/24

日本語の乱れ/あざーす・やばくね? 変な言葉や言い間違いが増えていますね?

2024/04/17

「値上がる」という表現は不適切。名詞を動詞のように使うときは、できるだけ助詞を付けてほしい。

2024/04/15

主語と述語のつながりが微妙にねじれているように感じられる文って、気持ち悪いよ

2024/04/12

「見せる」と「見させる」の違い・「見せて」と「見させて」の違い

2024/04/10

「ご覧になって」の「なって」は省略可

2024/04/09

「万一○○の時は、いつでも力になるよ」、この文はどこか変だと思いませんか?

言葉をたくさん知っていると、話すのも書くのも自由自在。頭を整理しながら自分の思いや考えを的確に伝えられるので、いつも気分よく過ごせます。仕事や人間関係にきっと良い影響があるでしょう!!

当サイト「言葉力アップグレード」は言葉の世界を豊かにし、話し方・書き方をレベルアップする技術を紹介しています。どうぞご活用ください。

follow us in feedly